善意の仮面をつけた提案は要らない。
帰りの馬車の中で父は言った。
「アルヴァ、すぐに南国へ行け。」
「南国ですか?」
「ああ。」
「あちらのフリッツ公爵家は、今母さんの弟が…ファイバル君が継いでいるだろう?彼はさっぱりとして良い人柄だ。」
父は家族だけの時は、三年前に亡くなった母を「母さん」と呼ぶ。母は南国のフリッツ公爵家から嫁いできた。
リーデ国の中央学園で二人は出会い恋に落ちたのだと。
まわりの国から貴族の子女は中央の学園にやってくる。
それは貴族としてのステータスであり、他国との相互理解の場所でもある。
それぞれの国は隔てられているから、学園で初めて他所の国の人間と知り合って惹かれ、結婚する貴族は多いのだ。
「ええ、私もファイバル叔父様が好きですわ。」
「それに。」
と父は続けた。
「あの国は女神信仰が強くない。」
「ええ。」
「シルヴァンのこともあるしな。」
「…。」
父の顔が歪む。顔を覆う。
「どうして…北の国なんかに…嫁がせてしまったのか…」
その声は震えていた。
「あの国を許せない。女神信仰なんてクソ喰らえだ。」
私には兄と姉がいる。いや、姉はいた、と言った方が正しい。
私の三つ上の姉、シルヴァン。
彼女はとても美しい人だった。
…今の王家には姫がいない。
1番王家の血筋に近い姫。それは私と姉だった。
もちろん国家の王族貴族間で結婚をくり返すから、他所の国からでも女神の化身の乙女が現れたこともある。
だけど姉、シルヴァンは。
白っぽい金髪は光に輝き、その瞳は淡い青で、角度によっては青紫色っぽく見えるのだった。
「シルヴァン様は伝説の女神の化身になるのではないか。」
「何という透明な美しさだ。」
みんなはそう噂した。
そして。
「アルヴァ様は黒い髪だし、地味な顔立ちだ。」
と続くのだ。
姉はそんな事を言われるたびに怒っていた。
「見かけで私達を見ないで。私はアルヴァの黒くて豊かな髪が好きよ。」
私を抱きしめる姉の手は怒りで震えていた。
「そうよ、アルヴァはこんなに可愛いじゃないの!あの人たちは女神に似てるかどうかで人生を決めるつもりなの!?」
母も怒っていた。私そっくりの黒い巻き毛を揺らして。
私は。
自分が女神の化身になるのだとは思わない。
美しく優しいこの姉こそがふさわしい。
だってもうほら、縁談だって降るようにある。まだ子供なのに。
父は学園に通うまでは姉の縁談を決めない、と跳ね除けている。
ならば。
少しでも勉強をし、身体を鍛え、ひとりで生きていける人間になろう。
縁が無ければ領地を支える手伝いをしよう。
それに、子供達を教える教師もいいのではないか?
そう思ったきっかけがある。
私が7歳の時、私達の祖母が他界した。
馬車の事故だった。
「何て事だ!!ああ、ローズ叔母様っ!」
その時、王が弔問に訪れて泣き崩れた。
…昔、第三王子だった王がウチで育てられたのは前述の通りだ。
「…本当に母の様に慕って下さっていたのですな。」
父がポツンと言った。
「もちろんだ、従兄弟殿。あんなに実子と分け隔てなく可愛がっていただいたのに!!
私の母はもう亡くなったし、ずっと母の様なものだ!」
実際、王から祖母の誕生日には彼女が好きな果物が届いていた。
「…母と前王妃の伯母上は良く似ていましたから。顔は。」
いくらお忍びとは言え、泣き崩れる王の姿にみんな困惑していた。
私達には優しい祖母だったが、父達には厳しかったと言う。
甘やかすことなく、教育を受けさせた。
(前王妃様は手元に残った二人の王子は甘やかし放題だったとか。)
それで、第三王子だったけれど、ちゃんと帝王学も語学も学ばせられていたので、王座につくことになっても困ったことは無かったらしい。
祖母の葬儀が終わって十日後。冷たい雨が降っていた二月の初旬。
王が憔悴しきった顔で我が家を訪れた。
「…昨日、叔母上が夢枕に立たれた。」
「母が?」
父が胡散臭いものを見る目で王を見る。
「…上の姫、シルヴァンは引く手あまたであろうが、下のアルヴァの行く末が心配である、と。」
「何をおっしゃる。」
父と母の目には怒りの炎がある。
「だから、うちの第二王子の婚約者にどうか?とおっしゃってな。」
「 ! 何ですって?」
「アルヴァにはまだ婚約者がいないのだろう?」
王はまったく悪気のない顔で言った。
彼が取り込みたかったのは愛する祖母の面影か。それとも女神の血筋なのか。
…王家にはここ三代も姫が生まれていない。




