母を失った哀しみと。天性の才能を持った少女。
「私はイザベラ様とは遠い親戚なのは知っているわね。」
「ええ、叔母様。」
「私の祖母とイザベラ様のお婆様が従姉妹同士でしたの。」
マルゥ様のお婆様は有名な歌手だった。そして従姉妹同士仲が良くて、その子供達も。
「一族での集まりはいつも盛況で。色んな人達が来ていてね。その中でもお母上に連れられて来ていらしたイザベラ様はその美しさと聡明さで目立ってらしたわ。」
マルゥ叔母は壁を見る。
壁にはびっちりと一族の写真が写真立てに入れられてかけられている。
その中のひとつに若き日の母とマルゥ様の姿があった。
「私はずっとお姉様が欲しくて。ひとつ歳上のイザベラ様に懐いたの。ついてまわっていたわ、五つの頃からね。」
「ああ、私も覚えているよ。妹の後ろをカルガモの子みたいに付いて行くマルゥをね。それで気になったんだ。」
ファイバル叔父様が優しく笑う。
そして叔父様夫婦はゆっくりと愛を育んで結婚したのね。
母と父はリンデ国の中央学園で出会って結婚した。
フリッツ公爵家はこの南国でも名家だ。叔父も母はリンデ国の学園に入ったのだ。
「母さんは太陽の様な人だったな。愛情深くて。」
「ええ。」
母は姉が亡くなってから気力を失ったようになった。
食事も取れず泣いているか、一日中ぼーっとしていた。
愛情深い人は哀しみも深かったのだ。
少しずつ弱っていって、姉が亡くなった半年後。三年前に亡くなった。
「母さんも北の国に殺されたようなものだ。」
父の目は暗く怒りの炎が燻っていた。
母と姉に祈りを捧げる為、私と父はよく教会に行くようになる。
二年前、私が十五になって学園に通い始めた頃。
教会の司祭が奥からひとりの少女を連れて来た。
痩せてみすぼらしい身なりをしていたが、その目は力強く知性に溢れていた。
そして濃い金髪はきちんと切り揃えられて清潔感もある。
顔立ちも悪くなかった。
「公爵様。この子は村の旅館の娘なのですが、とにかく優秀で。」
「それで?」
「私も村長も上の学校にやりたいのです。燻らせるには惜しい子で。」
その子は綺麗な礼をした。背をピンと伸ばして。
「私たちが教えられることは…簡単な読み書きとか。一般的な歴史や地理などは教えたのです。」
「普通に庶民の生活…いや、商家に勤めるならそれで充分だろう?」
「いえ、公爵様。この子にもっと良い教育を与えて…例えばですが、城の女官や高位貴族の使用人もなれると、思うのです。」
「随分と惚れ込んだものだな?」
「ええ、こんな子は初めて見ました。一度見たものをすぐに覚えてしまうのですよ!なあ、ネロリ。」
「はい。」
え?カメラアイの持ち主なの?それともサヴァン症候群?
「こちらの聖典をお開きください。」
司祭が厚い本を持ってくる。二百ページはあるだろう。
「彼女はこの本をすべて記憶しております。任意のページを開いて、その冒頭の言葉をおっしゃってくだされば、」
司祭の言葉に、
「続きをそらんじて見せましょう。」
ネロリと言う少女は微笑んで続けた。
「本当か?ではアルヴァ。開いて見なさい。」
父の言葉に本を受け取り台にのせ、パラパラとめくってみる。
「では、この…『女神は夏の日に…』」
「『夏の日におっしゃいました。私の髪は伸びて木陰になりましょう。私の足元にはうさぎが眠るでしょう。』」
ネロリは続けた。
「合っているわ。一字一句違わない。」
驚いた。
「ああ、そのうさぎは何を示すか宗教家達の論争の元ですな。
では、次は私が。」
父がめくる。
「『実りの秋に…』」
「『実りの秋に我をたたえよ。歌い踊れよ。花をかざり乙女に捧げよ。』」
それから何度も同じ事が繰り返された。
「見事なものだな…」
「ええ。」
父も私も驚嘆の声を上げる。
「では、これはどうか?」
父が胸元から書類を取り出した。
「ここ何年かの寄付の控えですね?」
司祭が頷く。
「今朝整理していたものだ。ここの教会の記録と照会しようとして…」
紙面には数字と項目の羅列が並んでいた。
「拝見しますわ。」
ネロリかそれを受け取ってじっと見る。二分くらいか。それを父に返すと、
「…覚えましたわ。上から「三年前の冬…ろうそく二箱、1256ギエン…生花 百合3650ギエン…白バラ5698ギエン…」
すごい。みんな合っている。
「素晴らしいわ。」
「はい。私は一度見たものは忘れないのです。」
微笑むネロリ。
本当にこんな人がいるのね?
「立派な聖職者になれると思うが…それ以上を望むのか?」
父の言葉にネロリは目を閉じ口を開いた。
「…『私はお城で働きたい。両親に沢山仕送りをしたいのです。』」
この言葉は?
「そなた!北の国の奥地の言葉が出来るのか?」
驚く父。
そう。シルヴァン姉様も嫁ぐ前に苦労して勉強していた。
「…まだ勉強中ですわ。何しろあの北国は女神信仰が強い。出入りする人達から少しずつ習いました。」
ああ、すごい。この少女は優秀だ。
「アルヴァ、この娘を侍女にすればオマエの助けになるかもしれんな。」
「ええ、お父さま。そう思いますわ…」
そして私達はネロリを引き取ったのだった。
…その後、後悔するとも知らずに。




