第49話 金印も売り物になる
バルガスの清算が終わると、笑っていた貴族たちも、次の紙束を見て口を閉じた。
読み上げ役の横に、白い衣の司祭が立っていた。
聖白教会の者だ。
顔は青い。
だが、背筋だけは伸ばしている。
見た目だけなら、まだ救済者だった。
「次。聖白教会、南丘別邸用地」
広間がざわついた。
「開始額、200万ルク」
司祭が一歩前に出る。
「その土地は、信徒のために用意されたものです」
読み上げ役は別の紙を開いた。
「教会投資部門、箱番号七、購入記録」
司祭の顔が固まる。
「それは、信徒の寄付金を守るための運用で」
「炊き出し予算、減額記録」
読み上げ役は続けた。
「同月、貧民向け鍋の麦配分を三割減。肉の配分を停止。理由、王国支援証書および木箱商品の購入資金確保」
広間の後ろで、誰かが息を飲む。
扉の向こうから、粥の匂いが流れてきた。
マルタの鍋だった。
外には、今日も列がある。
外には、元奴隷や日雇い、小さな子供を連れた母親、仕事場札を握った男が並んでいた。
彼らは、教会の白い建物ではなく、マルタの鍋の前に並んでいた。
司祭もそれに気づいた。
ほんの一瞬だけ、視線が扉の外へ逃げた。
白い衣の袖が揺れる。
神の鍋は薄くなった。
マルタの鍋は止まらなかった。
読み上げ役は淡々と読む。
「聖白教会、木箱商品購入記録。販売時に安心材料として提示された記録あり」
「推薦文言。聖白教会も購入済み。長期の契約収入が見込める」
「返礼延期通知。理由、信徒資金保護」
司祭が唇を噛む。
「我々は、信徒を守るために」
リーゼが静かに言った。
「では、なぜ鍋を薄くしたのですか」
司祭は答えなかった。
台の上に、教会の権利一覧が並ぶ。
台の上には、南丘別邸用地や北区余剰土地、投資部門窓口の一部商売を続ける権利、寄付金運用記録の管理権、別邸倉庫使用権が並べられた。
神の名が刻まれた建物に、値段がついた。
「別邸用地、240万ルク」
札が上がる。
「260万ルク」
「300万ルク」
木槌が鳴る。
教会席で、司祭が目を閉じた。
その後ろで、若い助祭が胸の聖印を握りしめていた。
だが、広間の外の列は、誰もこちらを見ていない。
人々は粥を待っていた。
レイジは、教会そのものを壊したいわけではない。
鍋を配る者まで消す気はない。
だが、鍋を薄くしてまで買った紙の責任は、紙に残る。
次に、王立鑑定院の役人が呼ばれた。
灰色の上着。
胸には小さな金印の紋章。
彼は最初から怒っていた。
「金印は損失保証ではありません」
読み上げ役が紙をめくる前に、役人が言った。
「我々は形式を確認しただけです。中身の返済を保証したものではない」
レイジは、その言い分に少しだけ頷きそうになった。
間違ってはいない。
金印は、損失保証ではない。
形式確認とは、箱番号や契約書の枚数、印の場所、書き方を見る仕事だった。
そこまでは、たしかに鑑定院の仕事だった。
読み上げ役が紙を持ち上げる。
「王立鑑定院、金印記録。箱番号一、二、五、七、八、十二」
「形式確認。損失保証なし」
役人が頷く。
「その通りです」
読み上げ役は次の紙を読む。
「グラント商会販売文言。王立鑑定院の金印あり。複数契約を確認済み」
役人の顔色が変わる。
「それは販売者側の」
「購入者説明記録。金印があるなら安心だと説明を受けた。確認印あり」
さらに紙が出る。
「教会購入記録。金印確認後に購入」
「貴族購入記録。金印を安全材料として確認」
「王国関係資金、箱番号十二。金印記録あり」
財務卿の使いが、席で小さく動いた。
王国という言葉が出た瞬間、広間の視線がそちらへ向く。
使いは何も言わない。
ただ、手元の文書を握り直した。
レイジはその様子を見た。
その紙は、まだ読ませない。
王国の名が入った記録を、この広間で使い切るつもりはない。
財務卿には、もっと逃げにくい場所で読ませる。
レイジは、王国関係資金の紙を札束の奥へ戻した。
読み上げ役が続ける。
「王立鑑定院、金印をどの箱に使ったかを記録する台帳の一部管理権。開始額、70万ルク」
役人が立ち上がる。
「金印管理権を売るなど、王国の権威を」
「未返済契約の担保一覧に含まれています」
読み上げ役は、別紙を示した。
「鑑定院別館使用権。紙の番号や署名が合っているかを確認する窓口を動かす権利。検査台帳管理権」
「それは、我々の」
「確認印があります」
広間が静まり返る。
王立鑑定院の金印。
昨日まで、それは紙を宝に変えるものだった。
美しい布に押されるだけで、人々は安心した。
今日、その金印を管理する権利が競売台に置かれている。
役人は、胸元の金印紋章に手を当てた。
隠そうとしたのか、守ろうとしたのか、自分でも分からない顔だった。
台の上では、黒い金印箱が開かれていた。
中にあるのは、神聖な力ではない。
中にあるのは、箱番号と手数料、確認日、担当者名、管理札だけだった。
それだけだった。
「80万ルク」
札が上がった。
「100万ルク」
別の札。
「120万ルク」
役人の顔から血の気が引いた。
権威は、消えていない。
だが、絶対ではなくなった。
金印も、管理される権利だった。
検査台帳も、保管される紙だった。
形式確認窓口も、運営する場所だった。
木槌が鳴る。
「王立鑑定院、金印をどの箱に使ったかを記録する台帳の一部管理権、落札」
広間の人々は、さらに黙り込んだ。
神の名を掲げる建物が売られた。
王の名を背負う金印にも、値段がついた。
レイジは、財務卿の使いが席を立つのを見た。
使いは出口へ急ぐ。
顔には焦りがある。
王国の紙にも、同じ箱番号が混じっている。
それを、もう見なかったことにはできない。
読み上げ役が次の紙を手に取る。
「次。グラント商会関係権利」
広間の視線が、一斉に前列へ向いた。
カシアン・グラントは、まだ座っていた。




