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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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第48話 珍花男爵の領地

バルガス男爵は、競売台から少し離れた席に座っていた。


以前なら、広間の中央に立っていただろう。

人を見下ろし、契約書を振り、笑っていたはずだ。


今日は違う。


彼の前には、赤い札がついた紙束が置かれている。


バルガス家清算目録。


その文字を見た瞬間、周囲の貴族たちが小さく笑った。


「珍花男爵」


誰かが囁く。


すぐに別の声が返る。


「まだ匂いが残っているらしい」


「やめろ。思い出す」


笑いは大きくない。

だが、小さいからこそ逃げ場がない。


バルガスの耳が赤くなった。


読み上げ役が紙を開く。


「バルガス家関連権利、第一品目。北外れ領地、余った税を集める権利三年」


広間が静かになった。


税を集める権利。

領民から税を取る権利。


バルガスが、当たり前のように握っていたものだ。


読み上げ役は続ける。


「対象は、王道沿い二村の追加徴税分。通常の村維持費、井戸修理費、種代、冬越し用倉庫費は除外」


リーゼが控えの紙に印をつけた。


「除外?」


バルガスが声を荒げた。


「その村は私の領地だ。税をどう扱うかは、領主の権限だろう」


レイジは答えない。


代わりに、契約官が一歩前へ出た。


「清算契約では、返済原資にできる権利を対象とします。ただし、村の維持に必要な支出は先に残すと記載されています」


「誰がそんなことを」


バルガスは言いかけて、止まった。


契約官が紙を持ち上げる。


「バルガス男爵本人の確認印があります」


広間の奥で、また小さな笑いが起きた。


契約は契約だ。


昔、バルガスが何度も言った言葉だった。


その言葉は、かつてレイジの首輪にも、ノアの薬代にも、マルタの葬儀代にも、リーゼ家の屋敷にも向けられていた。


その言葉が、今日は彼の税を集める権利に巻きついていた。


バルガスの視線が、レイジの首元を探した。

もう、そこに首輪はない。


レイジは何も言わなかった。

競売台の上にある紙だけが、男爵の代わりに読み上げられていた。


「開始額、50万ルク」


札が上がる。


「60万」


「70万」


「80万」


金額が読まれるたび、バルガスの顔がこわばる。


人の値段ではない。

だが、屈辱は同じだった。


自分の支配していたものが、一枚ずつ他人の札で測られていく。


読み上げ役は次の紙を開いた。


「第二品目。バルガス邸、東別棟使用権一年」


バルガスが椅子を鳴らして立ち上がった。


「屋敷まで売るのか!」


リーゼが顔を上げた。


「本館は対象外です」


「何?」


「住み込み使用人の部屋、厨房、井戸、薬草庫も対象外です。別棟の客間と空き倉庫だけです」


リーゼは、台帳を開いて見せた。


「ここに住む者の寝床は売りません。売るのは、あなたが夜会に使っていた部屋です」


珍花夜会。


その言葉は誰も言わなかった。

言わなくても、全員が思い出した。


屋敷中に飾られた花の腐った匂い、鼻を押さえて帰る貴族、閉じられた窓、使用人たちの笑い。誰も言わなくても、広間の全員が思い出していた。


「珍花男爵」


今度の声は、少し大きかった。


バルガスは振り向いたが、誰が言ったのか分からない。

広間中が、少しずつ笑っていた。


読み上げ役は淡々と続ける。


「第三品目。西倉庫使用権二年」


「第四品目。南農地管理権。小作人の住居契約は除外」


「第五品目。使用人給金整理権。未払い給金の支払いを優先。罰則条項の移転は不可」


バルガスの口が開いた。


「罰則条項は、契約の一部だ」


レイジは、そこで初めて口を開いた。


「罰を売っても、金は戻らない」


短い声だった。


広間の一部が、意味を理解できずに黙る。

だが、ノアは分かった。


会場の裏通路で、水差しを抱えたまま、ノアはバルガスを見ていた。


鉱山送り。


その言葉を聞いた日のことを、体が覚えている。

首輪の重さと妹の薬代、帳簿の数字を、ノアの体は覚えている。


ノアは水差しの取っ手を握り直した。


落としそうにはならなかった。


今の自分は、誰かに水を配る側にいる。


マルタも広間の外から中を見ていた。


葬儀代15万ルク。


あの金額で、自分は自由を失った。

息子を送るために借りた金で、紙に縛られた。


だが、今の彼女の手には契約書ではなく、木の椀がある。


バルガスは、誰かに値札をつける側だった。


今日は、彼の権利が読み上げられている。


「西倉庫使用権。開始額、30万ルク」


札が上がる。


「40万」


「50万」


「60万」


その金額を聞いたレイジは、少しだけ目を細めた。


30万ルク。


自分につけられていた値札と同じだった。


今、同じ金額で売られているのは、人間ではない。


バルガスが荷を積ませていた倉庫の権利だ。


木槌が落ちる。


「落札。60万ルク」


バルガスの手が震えた。


リーゼは、バルガス家の一覧を見ていた。


「農地管理権のうち、種の配布と小作人の居住に関わるものは外します」


事務員が筆を止める。


「外しますか」


「競売ではなく再契約へ。小作人を追い出せば、来年の税も消えます」


「バルガス家の清算額が減ります」


「人を追い出して増える清算額なら、あとで別の穴になります」


リーゼの声は弱くない。


優しさだけではない。

帳簿を見て、売るものと守るものを分けている声だった。


レイジはその横顔を見た。


「屋敷の別棟は」


「売ってください」


「倉庫は」


「売ってください。食料が残っているなら、中身だけ別台帳に移します」


「税を集める権利は」


「売ってください。あの人には持たせない方がいい」


リーゼは紙に印を押した。


リーゼは赤い線と黒い丸で、再契約へ回すものと競売へ出すものを分けていった。


読み上げ役が最後の紙を持つ。


「バルガス家清算分、本日落札額合計。税を集める権利、東別棟使用権、西倉庫使用権、南農地管理権、使用人給金整理権を含め、390万ルク」


390万ルク。


広間に数字が落ちた。


バルガスは何か言おうとした。

だが、言葉は出なかった。


契約は契約だ。


その言葉だけが、彼の喉の奥で潰れた。


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