第47話 競売台に並ぶもの
貴族金融街の扉が閉まった翌朝、レイジの机には紙が積まれていた。
レイジは一番上の販売台帳を開き、箱番号の欄に指を置いた。
隣には、教会の購入記録と王立鑑定院の金印記録が重なっている。
グラント商会の説明文言も、返礼停止記録も、白鷲銀行の貸付先一覧も、もう別々の紙ではなかった。
全部、同じ机の上に戻ってきていた。
紙の端についた赤い札には、支払い停止、追加担保なし、返礼不能、窓口閉鎖の文字が押されていた。
きれいな言葉は、もう残っていない。
その横に、鍵が置かれていた。
鍵には、グラント商会の倉庫印、聖白教会の別邸、王立鑑定院の別館保管庫、高級サロンの奥口を示す小さな札がついていた。
どれも、清算執行のために仮封印された鍵だった。
紙の次に、鍵が来た。
レイジは鍵を一つずつ並べた。
「開けるか」
リーゼは机の向こうで、別の台帳を確認していた。
リーゼの台帳には、空き部屋と仕事場、今日払う小口の金が細かい字で書き込まれていた。配給札と仕事場札は、すぐ配れるように端へ寄せてある。
彼女は顔を上げないまま答えた。
「開ける場所は、選んでください」
「全部ではないと」
「全部開ければ、下まで崩れます」
レイジは少し笑った。
「ずいぶん分かってきたな」
「あなたのせいです」
リーゼは、淡々と言った。
「売るのは、人ではないですね」
「ああ」
レイジは鍵を押さえた。
「売るのは、権利だ。部屋を使う権利、倉庫を使う権利、看板を掲げる権利。人そのものではない」
王都の大広間には、昼前から人が集まり始めていた。
王都の大広間は天井が高く、白い石の床と古い王の絵の前に、今日は高い競売台が置かれていた。
いつもの夜会なら、そこには楽団が立つ。
今日は違った。
台の上には、人は立っていない。
置かれているのは、箱と紙と鍵だった。
銀の盆に載った鍵の横には、封をされた台帳と赤い紐で結ばれた権利書がある。折られた看板、金印の管理札、土地の境界図、営業窓口の札まで、すべて台の上に置かれていた。
貴族たちはざわついた。
商会の者たちは、目を細めた。
教会の司祭たちは、白い衣の袖を握った。
王立鑑定院の役人は、金印の箱から目をそらした。
銀行関係者は、互いに話さない。
財務卿の使いも来ていた。
灰色の服を着た若い官吏だった。
胸元には、王国財務府の小さな印がある。
彼は座らず、壁際に立っていた。
逃げ道を探している顔だった。
読み上げ役が、競売台の前に立った。
手元には厚い束がある。清算記録と確認印、支払い停止記録、落札札が、革紐でまとめられていた。
鐘が鳴った。
広間に音が響く。
「これより、返礼停止および未返済契約に関する権利競売を始めます」
ざわめきが起きた。
読み上げ役は、そこで一度だけ間を置いた。
「ただし、本日の清算競売では、借金の穴を埋めるために品物や権利を売る。だが、契約奴隷、使用人、職人、農民、住民は売らない」
最初の一文で、広間が静まり返った。
読み上げ役は続ける。
「対象は、契約書に記載された権利、土地の余剰部分、建物使用権、倉庫使用権、商会支店の商売を続ける権利、税を集める権利、金印管理権、窓口運営権、看板を出して商売する権利である」
貴族の一人が、小さく息を吐いた。
誰かがつぶやく。
「人ではなく、権利か」
その声は、広間の床を低く走った。
レイジは会場の端に立っていた。
派手な服は着ていない。
黒い上着に、いつもの帳簿入れ。
リーゼは隣で、競売品目の控えを持っている。
ノアは水差しを持って、裏の通路にいた。
マルタは大広間の外で、粥の鍋を見ている。
競売場の内側と外側。
どちらも今日、紙が動く。
読み上げ役が一枚目を開いた。
「第一品目。北外れ領地、税を集める権利の一部。期間三年。対象は、バルガス家旧管理地のうち、王道沿い二村の余剰徴税分」
広間の奥で、バルガスの肩が跳ねた。
読み上げ役は止まらない。
「第二品目。王都東倉庫、使用権二年。旧グラント商会管理」
今度は、カシアンの横顔がわずかに動いた。
「第三品目。グラント商会南支店、商売を続ける権利一年。看板を出して商売する権利は別品目」
商人たちが視線を交わす。
「第四品目。聖白教会、南丘別邸用地。余剰土地扱い」
白衣の司祭が口を開いた。
声は出なかった。
「第五品目。王立鑑定院、金印をどの箱に使ったかを記録する台帳の一部管理権。対象箱番号、一、二、五、七、八、十二」
鑑定院の役人が机を押さえた。
「第六品目。貴族金融街、第三区建物使用権。旧投資サロン区画」
貴族たちのざわめきが大きくなる。
「第七品目。高級サロン商売を続ける権利。名簿利用権は除外」
「除外?」
誰かが声を上げた。
レイジが、読み上げ役に視線を送る。
読み上げ役は別の紙を開いた。
「名簿のうち、住居、雇用、食料購入に関わるものは、再契約窓口へ移す」
リーゼが小さく頷いた。
売るもの。
守るもの。
同じ台帳に載っていても、行き先は同じではない。
レイジは競売台を見た。
昔、自分には30万ルクの値札がついていた。
ノアには薬代20万ルク。
マルタには葬儀代15万ルク。
リーゼの家には、3000万ルクの紙が突きつけられた。
人に値札をつけた連中は、ずっと台の下にいた。
今日は違う。
台の上に載っているのは、彼らの権利だった。
読み上げ役が木槌を持ち上げる。
「第一品目、北外れ領地税を集める権利の一部。開始額、50万ルク」
札が一つ上がった。
最初の札が上がっただけで、貴族の顔が変わり、商人の目が光った。教会の司祭は唇を噛み、鑑定院の役人は金印の箱を抱え直す。
最初の札が上がっただけで、広間は理解した。
偉い者が持っていた権利にも、値札はつく。




