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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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第44話 下の鍋は止めない

貴族金融街の扉が閉まり始めた頃、王都裏通りの事務所は開いていた。


扉は外へ向いている。

鍵は掛かっていない。

窓からは、豆を煮る湯気が薄く流れていた。


リーゼは長机の前に立ち、台帳を開いた。


「粉屋への支払いは」


「済みました」


事務員が答える。


「豆屋は」


「午前分を支払い済み。午後に追加分を渡します」


「薪を売る店」


「夕方前に」


「日雇いの給料」


「昼で一度払います」


リーゼは頷いた。


「遅らせないでください。一人分は小さくても、止まれば明日の列が増えます」


机の上には、貴族の箱はない。


あるのは木札だった。


リーゼの机では、配給札、仕事場札、倉庫札、種札、住居札が順に分けられていた。


ノアは札を紐で束ねていた。


「水は、こっち?」


「子供と老人の列へ」


リーゼが言う。


「仕事場札は、先に親方へ渡してください。本人に渡す札と、親方が受け取る札を分けます」


「同じじゃ駄目?」


「同じにすると、来た人の数が分かりません」


ノアは少し考えてから頷いた。


「来た人と、働いた人を分ける」


「そうです」


彼は木札を二つに分けた。


来た人。

働いた人。


字はまだ少し丸い。

だが、前より迷いがない。


倉庫では、保存食が出された。


配られるのは、固いパンと豆、塩、干し魚、乾いた芋だった。


マルタが袋の口を一つずつ確かめる。


「この豆は明日。こっちは今日。塩は少なめにしな。汗をかいた荷運びには、少し濃い方を出すんだよ」


若い女が頷いた。


「子供は?」


「柔らかくしてから。固いパンをそのまま渡すんじゃないよ」


マルタは怒鳴らない。

泣かない。

祈らない。


鍋を見る。

それだけだった。


外の荷馬車置き場では、元奴隷たちが集められていた。


首輪の痕が残る者。

片腕がまだ上がらない者。

足を引きずる者。

字が読めない者。


リーゼは一人ずつ仕事場札を渡した。


「倉庫整理。半日で100ルク」


「荷運び補助。重い袋は二人で」


「炊き出し場の水運び。休みを入れてください」


「粉ひきの手伝い。粉屋から確認印をもらってください」


男の一人が、札を見つめた。


「これで、返済になるのか」


「再契約窓口で写します」


リーゼは答えた。


「返せる額。返せる日。働ける場所。それを見て組み直します。倒れる仕事は入れません」


男は黙って札を握った。


紙に殴られてきた者ほど、紙をすぐには信じない。


だから、リーゼは札と鍋を先に見せる。


事務所の隣には、再契約窓口が開かれていた。


大きな看板ではない。木板に炭で書いただけのものだ。


返済相談はここ。家族を担保にしないこと、仕事場を確認すること、小口を先に見ることだけが、太い字で書かれていた。


朝から数人が並んでいる。薬代を抱えた母親、粉代を払えないパン屋、道具代で止まった職人、葬儀費で名前を書いた男、荷車修理代を返せない運び屋。


金額は小さい。

だが、払えない者には重い。


リーゼは支払い順序を見た。


「薬代を先に。次に粉代。道具代は、仕事場が決まった者から」


事務員が顔を上げる。


「屋敷修理費の問い合わせも来ていますが」


「後ろへ」


「貴族家ですが」


「後ろへ」


リーゼの声は変わらなかった。


「鍋が先です。住む場所が先です。働ける場所が先です」


その時、奥の戸が少し開いた。


小さな女の子が顔を出す。


ノアが振り向いた。


「ミナ」


ミナはまだ細かった。

だが、頬には前より少し色が戻っている。

片手に、木の椀を持っていた。


「兄ちゃん、水」


「持てる?」


「少し」


ノアは一瞬だけ困った顔をした。

それから、軽い水差しを渡す。


「子供の列だけ。重いのは持たない」


「うん」


ミナは真面目に頷いた。


マルタがちらりと見た。


「薬が効いてきたね」


「まだ無理はさせません」


リーゼが言う。


「分かってるよ」


マルタは鍋をかき混ぜた。


「水差し一つでも、仕事って顔をしたいんだろ」


ノアは何も言わなかった。

ただ、ミナの後ろを少しだけ見てから、また札を数え始めた。


レイジは夕方近くに事務所へ来た。


外套には、貴族金融街の石粉がついている。

手には、閉じられた扉の前から戻ってきた確認書類の写しがあった。


リーゼは彼に台帳を見せた。


「今日の小口支払いは止めません。食材を売ってくれる店、粉屋、薪を売る店、水運び、日雇いの給料、すべて先に出します。種は明朝、三つの農村へ渡します」


「住居は」


「空き部屋を二十に増やしました。子供連れを先に入れます。屋敷修理費より、雨漏りする部屋を先に直します」


「貴族街は止まっている」


「なら、なおさらです」


リーゼは言った。


「貴族街の扉が閉まっても、炊き出しの鍋と仕事場は止めません」


レイジは台帳を見た。


空き部屋の数、食料倉庫の残り、今日出せる仕事場、先に払う小口の金、再契約窓口に並んでいる名前、明朝に村へ送る種。どの欄も字は曲がっている。


きれいではない。

金印もない。

美しい布もない。


だが、動いている。


外では、貴族金融街の扉が閉まっていた。


こちらでは、炊き出し場の鍋が開いていた。


その頃、グラント商会へ向かう連絡役が三人、別々の貴族家から出ていた。


どの連絡役も、箱番号と販売台帳の写しを求める手紙を持っていた。


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