第39話 金印と美しい布
王立鑑定院は、契約書や返せない時に取るものの記録の書き方と番号を確認する王都の機関だった。
その石床は、よく磨かれていた。
壁には古い証書が飾られている。
王家の紋。
鑑定官の名。
金印の見本。
王立鑑定院の建物や金印を見ると、危ない紙でも、きちんとした商品に見えてしまう。
木箱は、三台の荷車で運ばれた。
箱番号。
説明札。
契約件数。
返せない時に取るものの記録。
署名控え。
返礼予定表。
鑑定官たちは、それを一つずつ机に上げた。
蓋が開く。
紙束が出る。
札は青、黄、赤に分けられた。
鑑定官の一人が赤札を見て、眉を動かした。
「遅延がありますな」
「あります」
レイジは答えた。
「取れるものが足りないことも」
「あります」
「その旨は記載されていますか」
レイジは説明書の細い欄を指した。
返礼が遅れること、鉱山権の値が下がること、相手が返せなくなることがあります。
この確認は、札の色分け、契約書の番号、署名が合っていることを示すだけです。戻る金額までは保証しません。
字は小さい。
だが、ある。
鑑定官は頷いた。
「契約書の枚数」
「四十二」
「署名」
「全件あり」
「返せない時に取るものの記録」
「添付済み」
「箱番号」
「外箱、内記録、説明書、すべて一致しています」
事務員が答える。
鑑定官は朱ではなく、金の印箱を開いた。
「王立鑑定院は、返済を保証しません」
彼は言った。
声は低かった。
部屋の端まで届くかどうかの声だった。
「契約書の枚数、札の色、署名、箱番号が合っているかを見るだけです」
「分かっています」
レイジは言った。
金印が押された。
乾いた音ではなかった。
少し湿った、重い音だった。
金の丸い印が、説明書の上に残る。
その瞬間、木箱はさっきより安全そうに見えた。
中身は変わっていない。
赤札も消えていない。
遅延も取れるものが足りないことも、そのままだ。
だが、外側には金印がある。
注意書きより、金印の方が目立つ。
だから客は、金印を先に見る。
鑑定院を出た木箱は、次に布屋へ運ばれた。
深い青の布。
白い紐。
金印を見せるための丸い穴。
箱番号を刺した小さな札。
布が掛けられる。
木の粗さが隠れる。
角の傷が隠れる。
古い紙の匂いも、少し薄くなる。
箱番号、一。
複数契約返礼箱。
王立鑑定院確認済み。
布の上で、金印だけが光った。
リーゼはそれを見ていた。
「赤札の紙も、この中にあります」
「ある」
「でも、外からは見えません」
「見る気があれば、説明書を開ける」
「見る気がなければ」
「金印を見る」
レイジは短く答えた。
その日の午後、聖白教会の使いが来た。
白い法衣。
細い指。
柔らかい声。
「信徒の寄付金を守るためです」
使いは言った。
「王国支援証書だけに寄せるより、複数の契約へ分けた方が堅実でしょう」
机の上には、箱番号七の説明書が置かれていた。
契約件数、五十六。
返礼予定、分割。
返せない時に取るものの記録、添付。
王立鑑定院確認済み。
使いは小さな注意書きも読んだ。
読んだ上で、言った。
「書類の数と署名が合っているなら、問題は少ないはずです」
レイジは止めなかった。
購入記録が作られる。
聖白教会。
購入箱番号、七。
口数、三。
説明担当者、グラント商会代理販売員。
確認、受領済み。
使いは教会印を押した。
白い紙に、教会の印が残る。
リーゼの表情が冷えた。
「炊き出しの時と同じです」
「違う紙だ」
レイジは言った。
「だが、教会が“守るため”と言って危ない紙を買うところは同じだ」
教会は、信徒の金を守ると言う。
金を守るために、また紙を買う。
その購入記録は、さらに別の者を安心させる。
翌日、貴族向けの販売会場が開かれた。
会場には、布で包まれた木箱が並ぶ。
赤い絨毯。
磨かれた机。
グラント商会の販売台。
王立鑑定院確認済みの札。
聖白教会購入済みの記録写し。
鉱山権で損をした貴族たちが来た。
彼らは笑っていた。
だが、顔には余裕がなかった。
ある貴族は、袖口のほつれを手で隠していた。
ある貴族は、馬車を手放したことを隠すため、徒歩ではなく借り馬車で来た。
ある貴族は、使用人への給金が遅れているのに、いつも通りの香水をつけていた。
別の貴族は、従者を連れていなかった。
普段なら扉を開けさせ、外套を預け、椅子を引かせる男だった。
今日は自分で外套を畳み、自分で椅子を引いた。
誰もそれを指摘しない。
指摘すれば、自分の家の遅れも見られるからだ。
彼らは箱の中身を見に来たのではない。
安心できる理由を探しに来た。
王立鑑定院の金印。
グラント商会の販売台。
聖白教会の購入記録。
美しい布。
整った説明書。
鉱山権より安全そうという噂。
「教会も持っているのか」
一人が言った。
販売員はすぐに記録写しを出した。
「はい。箱番号七を三口」
「鑑定院の金印も」
「確認済みです」
「なら、一つの鉱山だけに頼るより安全そうだな」
誰かが言った。
誰も、小さな注意書きの位置を聞かなかった。
別の貴族が箱の布を撫でた。
「鉱山権は、値札が一日で落ちた」
「こちらは、長く返礼が入る仕組みです」
販売員が答える。
「一つが遅れても、他の契約から補います」
貴族は息を吐いた。
その顔には、欲だけではないものがあった。
助かりたい顔だった。
損を確定させたくない。
屋敷を売りたくない。
夜会で負けた家と思われたくない。
家臣に、金がないと知られたくない。
前の損を、次の収入で埋めたい。
そういう顔だった。
最初の箱が売れた。
箱番号二。
購入者、ローレン子爵家。
口数、二。
返礼予定、分割。
説明書受領。
金印確認。
教会購入記録提示済み。
販売台帳に、文字が増える。
布で包まれた箱が、貴族の馬車へ運ばれた。
中で、赤札の紙が少しだけ擦れた。
誰にも聞こえなかった。




