第38話 木箱に分ける
作業場の床に、三色の札が置かれた。
札は青、黄、赤に分けられた。
ノアは札を見比べた。
「青はいい紙?」
「返りそうな紙だ」
レイジは答えた。
「取れるものはある。返す日が近い。支払いが少し遅れても、払う相手が残っている」
「黄は?」
「遅れている。取れるものはあるが弱い。払う相手も少し危ない」
ノアは赤札を見た。
「赤は」
「ほぼ無理だ」
レイジは短く言った。
「返済が遅れている。取れるものが足りない。本人も払えない」
ノアは赤札を両手で持った。
軽い木札だった。
だが、その札を置かれる紙は重かった。
リーゼは机の前に立っていた。
事務員たちが紙束を開き、レイジが目を通す。ノアが札を運び、リーゼが記録帳に写していった。
青札の紙は、少なかった。
鍛冶工房の仕入れ代、倉庫組合の短期貸付、魔石を実際に使う治療院の器具代。返せなかった時に取れる道具や倉庫収入があり、返す日も近い。
支払いは遅れているが、戻る見込みはある。
黄札は多かった。
屋敷維持費、馬車代、魔灯看板代、仕入れ代の立替、夜会準備費の残りは、別の山へ移された。
取れるものはある。
だが、取れるものの値段は落ちている。
払う気はある。
だが、銀貨がない。
赤札は、さらに多かった。
鉱山権を返せなかった時のために借り、借りた金でまた鉱山権を買った紙。
追加で差し出すもの通知に返事がない紙、売っても借入額に届かない紙、教会建設費の不足分、バルガス男爵の新しい門柱代まで赤札に落ちた。
ノアが赤札を置くたび、木の音がした。
こつん。
赤札が一枚、木箱の底に落ちる。
次の札が、その隣に重なった。
音は軽い。
だが、リーゼには、どこかの屋敷の扉が閉まる音に聞こえた。
「赤札だけなら、誰も買いませんね」
「買わない」
レイジは言った。
「青札だけなら?」
「安全そうです。でも、戻る金は少ない」
「そうだ」
レイジは青札の紙を一枚持ち上げた。
「青だけなら、儲けが薄い。赤だけなら、誰も近づかない。黄だけなら、怖がる」
この箱の分け方を決めたのは、レイジだった。
青だけでは薄い。
赤だけでは売れない。
なら、混ぜて箱にする。
彼は木箱を三つ並べた。
箱番号、一。
箱番号、二。
箱番号、三。
青札の紙が入る。
その上に黄札の紙が入る。
黄札の下に、赤札の紙が滑り込む。
リーゼの眉が動いた。
「赤を、混ぜるのですか」
「赤を消すわけじゃない」
レイジは蓋の横に紙を置いた。
「入れる」
「見えなくなるだけです」
「そうだ」
否定しなかった。
リーゼはそれが怖かった。
紙束のままなら、赤札は赤札だった。
危ない紙は危ない顔をしている。
返りそうな紙とは、同じ束に置けない。
だが、木箱に入る。
箱の中では、青札の上に黄札が重なり、その下に赤札が沈んだまま蓋が閉じられた。
木箱は、同じ形になる。
ノアが蓋を見た。
「閉じると、同じ箱に見える」
「見えなくなるだけで、消えたわけではありません」
リーゼが言った。
ノアは頷いた。
だが、目は箱から離れなかった。
レイジは箱の外側に貼る説明札を書いた。
複数契約返礼箱。
箱番号、一。
契約件数、四十二。
返せない時に取るものの記録、添付。
返礼予定日。
その下に、小さな日付が並んだ。
一日目、十日目、二十日目、三十日目と、返る日はずらされていた。
ノアが首を傾げた。
「一回で戻らないの?」
「一回で戻るなら、箱にする必要がない」
レイジは日付の横に線を引いた。
「こっちが遅れても、こっちが戻る。そう見える」
リーゼはその言い方に、わずかに顔を曇らせた。
「戻る、ではなく、戻るように見える、ですね」
レイジは否定しなかった。
嘘ではない。
四十二の契約は実際に入っていて、返せない時に取るものの記録もある。日付も書ける。
一つの契約が遅れても、他の契約から金が戻る可能性はある。
ただ、四十二の中に、ほぼ返らない紙も混じっている。
説明札は、それを大きくは書かない。
「この札は、全部正しいのですね」
リーゼが聞いた。
「正しい」
「でも、安心させるように書いてあります」
「安心したい者が読むからな」
レイジは次の箱に紙を入れた。
青、黄、赤の札が、箱の中で見えないまま重なっていた。
また、蓋が閉じた。
箱が増えていく。
最初は、ただの紙束だった。
赤線と折れ目と怒鳴り声の跡が残る紙だった。
机に積まれている時は、失敗の山に見えた。
だが、箱に入ると違った。
箱番号。
説明札。
件数。
返礼予定。
返せない時に取るものの記録添付。
木箱は、売り物らしく見えるようになった。
ノアが小さく言った。
「さっきより、ちゃんとして見える」
レイジは箱を見た。
「きれいに並べられると、ちゃんとした商品に見えてしまう」
事務員が赤札の束を持ってきた。
「これは、どうしますか」
レイジは中身を見た。
グラント商会の鉱山権貸付。
取れるものが足りない。
追加で差し出すもの未提出。
借り手、下級貴族。
同名義で馬車代、屋敷修繕費、夜会準備費の遅延。
赤かった。
どう見ても赤い。
レイジは少し考え、別の青札の束を指した。
「三番箱に入れろ。青二、黄三、赤一の比率で」
事務員は頷いた。
リーゼは黙って見ていた。
彼女には分かる。
赤札の紙に書かれているのは、誰かの借金だ。
誰かの見栄だ。
誰かの支払い遅れだ。
それが、箱の底に入る。
見えなくなる。
「怖いですね」
リーゼが言った。
「怖いものは、見えるうちは売りにくい」
レイジは蓋を閉じた。
木の音が鳴った。
こつん。
その音は、赤札を置く音に似ていた。
夕方までに、木箱は十二個になった。
作業場の壁際に、箱番号順に積まれる。
一番。
二番。
三番。
四番。
説明札が貼られている。
紐で縛られている。
返せない時に取るものの記録の写しが横に添えられている。
最初に運ばれてきた時より、ずっと安全そうに見えた。
中身の危ない紙は、変わっていなかった。




