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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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第37話 契約書の山が運ばれる

翌朝、紙は馬車で来た。


白鷲銀行の裏門に、荷馬車が三台止まった。

荷台には、麻布で縛られた紙束が積まれている。


積まれているのは、銀貨袋でも木材でも麦でもなかった。


だが、馬車の運転手たちは慎重に荷を下ろした。


一束落とせば、誰かの屋敷が傾く。

一枚破れば、誰かの支払い日が分からなくなる。

朱印の位置を間違えれば、別の者が怒鳴り込んでくる。


紙は軽い。

だが、一枚間違えれば誰かの屋敷や支払いに関わる。扱う者たちは、みな緊張していた。


麻布をほどくと、古い朱肉と湿った革紐の匂いがした。

端の折れた紙には、急いで押した印が滲んでいる。

何度も開かれた契約書は、角だけが黒ずんでいた。


金はまだ戻っていない。

だが、急いで押した印や折れた角を見れば、持ち主が焦っていたことは分かった。


白鷲銀行の裏に借りた作業場には、朝から机が並べられていた。

古い倉庫を借りた場所だ。

壁際には箱。

中央には長机。

床には、紙を置くための板。


ノアが木札の束を抱えて走っていた。


「これ、白鷲銀行の札?」


「銀行分は左だ」


レイジが言った。


「白鷲銀行を通じて回ったグラント商会分は真ん中。教会関係は別にしろ。混ぜるな」


「うん」


ノアは頷き、木札に炭で字を書いた。


白鷲、グラント、教会、貴族家、職人。別々の名前が、同じ紙の上に押し込まれていた。


字はまだ少し歪んでいる。

だが、読める。


リーゼは荷馬車から降ろされる束を見て、息を呑んだ。


「これが、全部……」


「全部ではない」


レイジは一束を机に置いた。


「見えた分だけだ」


紐が解かれた。


中身は種代や装備代、屋敷維持費、仕入れ代、鉱山開発費、教会建設費、馬車代、魔灯看板代、夜会準備費、使用人給金の立替契約まで混ざっていた。


紙は、ただの紙ではなかった。


魔石祝いの夜会で出すはずだった料理の代金。

新しい馬車の車輪代。

片方だけ立った門柱の石材費。

工房へ渡るはずだった補助魔具の仕入れ代。

春に撒くはずだった種代。

使用人へ払うはずだった給金の立替。

教会の新しい礼拝堂の屋根代。


その上に、赤い線の入った紙が重なる。


ノアが一枚を持ち上げた。


追加で差し出すもの通知。

支払人、下級貴族。

すでに預けたもの、北灰鉱山権一口。

追加欄、未提出。


鉱山権の横に、屋敷裏の畑、馬車一台、銀食器一式の名が増えていた。

その下の署名欄だけが、空白のまま赤く囲まれている。


「これ、鉱山権の横に、畑と馬車が増えてる」


「鉱山権だけでは足りなくなったんです」


リーゼは紙の端を押さえた。


「足りないから、別のものまで差し出せと言われています」


その一枚は、屋敷維持費の紙だった。


彼女の指が止まった。


「この屋敷には、使用人もいるはずです」


「いるだろうな」


「支払いが止まれば、先に食べ物が止まります」


次の紙には、返す日の欄に赤線が引かれていた。


来月十日。


その文字が消されている。

横に、今週末、と書き直されていた。


「返す日が、近くなってる」


「待てなくなったんだ」


レイジは紙をめくった。


別の紙には、震えた字で日延べを願う文が書かれていた。

その下に、却下、の印だけが押されている。


さらに下から、鉱山権の紙が出てきた。


1000万ルク。


その数字の横に、新しい札が貼られていた。


300万ルク。


ノアが眉を寄せる。


「同じ鉱山権なのに、数字が小さくなってる」


「昨日まで1000万の顔をしていた紙が、今日は300万の顔をしている」


最後に、競り札の挟まった紙が出てきた。


売却申請は出ている。競り台にも提出済みだ。だが、買い手はついていない。


マルタがそれを見て、鼻で息を吐いた。


「売っても金にならない紙かい」


「そういう紙ほど、よく戻ってくる」


レイジは束を赤札の山へ置いた。


マルタは紙束より先に、壁際の袋を見た。


「豆は?」


「昨日の分は倉庫です」


リーゼが答える。


「パンは?」


「三日分」


「塩は足りるね。なら、紙より先に鍋は止まらない」


マルタはそう言って、紙束を見た。


「ただ、こういう紙が増えると、粉屋が怖がる。怖がると、粉をしまい込む。しまい込むと、パンが薄くなる」


紙を見ているのに、彼女は鍋を見ていた。


レイジは机の上に紙を広げた。


王都の上では、貴族たちはまだ平静を装っている。


夜会は中止ではなく延期、屋敷工事は停止ではなく調整、馬車代の遅れは手続き上の都合。貴族たちは、そう言い換えていた。

使用人給金の遅れは、銀貨袋の配送待ち。


誰も、負けたとは言わない。


屋敷を売りたくない。社交界で負け組扱いされたくない。家臣にも馬車職人にも、払う金に困っていると知られたくない。


鉱山権で損をしたと、まだ認めたくない。


だから、彼らは次の紙を探す。


損を取り戻せそうな紙。

失敗したと周りに知られずに済む紙。

昨日の失敗を、明日の収入で消せそうに見える紙。


レイジは追加で差し出すもの通知をめくった。


取れるものが足りない紙には、未返済、遅延、再通知の印が重なっていく。


同じ言葉が何度も出てくる。


ノアが小さく言った。


「これ、借りた人の紙だよね」


「ああ」


「でも、馬車とか、屋敷とか、夜会とかもある」


「一人が払えなくなると、馬車代や屋敷代や夜会代まで止まる」


レイジは答えた。


「一枚の紙が止まると、別の紙が待たされる」


ノアは紙束を見た。

彼にはまだ、全部の意味は分からない。


だが、赤線が多いことは分かる。

赤線が増えると、誰かが困ることも分かる。


リーゼが別の束を開いた。


そこには教会の名があった。


教会建設費、祈祷具の仕入れ代、救済基金の一時運用分、王国支援証書を預けて借りた紙まで入っていた。


リーゼの顔が固くなった。


「また、救済の名前ですか」


「救済という名前を紙に書くのは簡単だ」


レイジは言った。


「でも、紙だけでは粥は出ない」


マルタが低く言った。


「粥は書けないよ」


「だから、粥は別にする」


レイジは机の端を指で叩いた。


「この紙束は、貴族と商会と教会の紙だ。食い物の支払いは混ぜるな。リーゼ、生活側の記録帳は別に持て」


「はい」


リーゼは頷いた。


恐怖は顔に残っている。

だが、手は止まらなかった。


レイジは最後の束を解いた。


鉱山開発費。

預けたもの、魔石鉱山権。

今の値段、旧価格。

今の値段、不足。


紙の端には、グラント商会の確認印があった。


カシアンの名はまだ、はっきりと残っている。


売り、貸し、評価し、追加で差し出すものを求めた者たちの記録が残っている。


誰が売り、誰が印を押したかは、紙に残る。


レイジは確認印を見て、束を置いた。


返せない紙は、捨てられる前に綺麗に並べられる。


そういう時、次に売れるのは紙そのものではない。


危ない借金の紙を、買いやすそうに作り直した商品だ。


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