第32話 魔石鉱山権取引所
白鷲銀行の貸付台帳をめくると、王都の名前が次々に出てきた。
レイジは革紐で綴じられた束を一枚ずつめくった。魔石採掘組合の隣に北坑道運搬業者、次の紙には王都魔灯工房、その奥には冷蔵倉庫組合や治療院器具商会の名がある。
さらに数枚めくったところで、第三騎士団装備局の印が出た。
リーゼが小さく息を止める。
「王国側の名前まであります」
「魔石が止まれば、灯りも倉庫も治療器具も止まる。王都は、それを分かって金を出している」
紙の端には、どれも白鷲銀行の確認印が押されている。
台帳には、貸した金額、返す日、返せなかった時に取られるもの、遅れているかどうかが書かれていた。
赤線の引かれた名前が、何度も出てきた。
ある下級貴族は、魔石工房の拡張資金を借りていた。
同じ名義で、運搬業者にも貸している。
さらに別の紙では、採掘権の購入予定者になっていた。
別の商会は、冷蔵倉庫の魔具を返せなかった時のために金を借りている。
その金の一部が、鉱山開発組合へ流れていた。
一枚だけでは、ただの貸付だった。
だが、束にして見ると、魔石関係の借金があちこちにつながっていると分かった。
「魔石関係が多いですね」
リーゼが言った。
彼女の前にも、写しの束が置かれている。
白鷲銀行から戻って以来、整理は途切れていない。
リーゼの目の下には、薄い影があった。
「王都は、灯りも倉庫も治療器具も、魔石に頼っている」
レイジは答えた。
彼は赤線の名義を三つ抜き出し、別紙に写した。
買った者と借りた者、返せなかった時のために差し出した者が、同じ紙の上に並んでいた。
欄はまだ空いている。
レイジは別の紙も開いた。
王国支援証書の販売資料に紛れていた支出控えだ。
王国調査隊への前払い記録。
場所は伏せられている。
だが、採掘許可の下準備だけは残っていた。
王国は、まだ言っていない鉱脈を持っている。
新しい鉱山が出れば、古い鉱山の取り合いは冷める。
「売買記録の写しを、毎夕取る」
「取引所のものですか」
「それと、返せない時に取る約束の控えだ。白鷲銀行を通った分だけでいい。値札だけでは遅い」
リーゼは一瞬だけ紙を見た。
「返せなかった時に取られるものを見るのですね」
「値札を見て笑う者は多い。返す日を見る者は少ない」
レイジは紙を置いた。
窓の外は、まだ朝だった。
白鷲銀行前の列は消えていない。
昨日ほど荒れてはいないが、人は残っていた。
小口窓口は開いている。
パン屋、豆屋、薪屋、水運びの支払いだけは、リーゼの条件で先に通された。
それでも、王都の不安は消えていない。
銀貨が足りないのではない。
信じるものが足りなくなっていた。
その不安を埋めるように、王国の布告が出た。
王都中央広場に、新しい取引所が開かれる。
王国認可。
魔石鉱山権取引所。
掲げられた名目は、王国財政の立て直しと魔石供給の安定、民間資金による鉱山開発の促進だった。
布告の言葉は、どれも立派だった。
中央広場には、昨日まで王国支援証書を売っていた台とは別に、木の柵で囲まれた場所が作られていた。
入口には王家の紋。
奥には値札板。
壁際には、鉱山名と権利口数を書いた札が並ぶ。
鉱山から出る将来の取り分を、小さく分けた権利。
一口、100万ルク。
安くはない。
だが、珍花とは違った。
広場の魔灯は、まだ朝なのに青白く光っている。
工房通りの炉は、魔石を砕いた粉で火力を保つ。
治療院の奥では、骨折した兵士の腕を固定する器具に、小さな魔石が嵌められていた。
市場裏の冷蔵倉庫では、魚と肉を腐らせないために、箱型の魔具が低い音を立てている。
王国軍の馬車には、坂道を上る補助具がついていた。
それらは、花ではない。
飾りではない。
誰かの見栄だけで値がつくものではなかった。
魔石は使われている。
王都の夜を明るくし、炉を燃やし、食材を冷やし、兵を動かしている。
だから、誰も笑わなかった。
「これなら、分かります」
リーゼが広場を見ながら言った。
「珍花とは違う。魔石は、本当に必要です」
「必要だな」
レイジは値札板を見た。
初日の買い手は慎重だった。
魔灯工房の主人が一口。
冷蔵倉庫組合が二口。
下級貴族が共同で一口。
運搬業者が半口分の代理購入を申し込んだ。
契約書には、鉱山名、採掘予定量、分配比率、売買可能の文言が並んでいる。
権利を持つ者は、将来の採掘収入を受け取れる。
途中で権利を売ることもできる。
王国の役人が読み上げた。
「北灰鉱山、第一採掘区。初回口数、二百口。基準価格、一口100万ルク」
銀貨袋が運ばれ、署名がされ、王国認可印が押されていく。
昼前、値札板の一部が変わった。
北灰鉱山。
100万ルク。
その下に、小さく次の札が掛かった。
108万ルク。
広場に、少しだけ息を呑む音が広がった。
大きな歓声ではない。
暴騰でもない。
ただ、買った者が損をしていないと分かる程度の上昇だった。
少し上がっただけだから、危ない値上がりには見えなかった。
だから、見ていた者たちは安心した。
昨日、銀行前に並んだ人々は、まだ不安を抱えている。
王国支援証書の赤い印にも、白鷲銀行の石壁にも、前ほど安心できない。
だが、魔石は違う。
魔石は見えるし、燃えるし、冷やせるし、ものを動かせる。
初日の終わり、広場の値札板には、いくつかの小さな上昇札が並んでいた。
108万ルク。
112万ルク。
115万ルク。
値札板を見ていた者たちは、その数字に少し安心した。
レイジは白鷲銀行の貸付台帳を閉じなかった。
魔石自体は、嘘ではない。
だからこそ、鉱山権の紙はよく売れる。




