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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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第31話 夜、王国の血管を買う

夜になっても、白鷲銀行の前には人が残っていた。


昼ほどの列ではない。


衛兵が出た。

銀行は小口の引き出しだけを続けた。

大口の支払いは、翌朝以降の確認になった。


小口とは、一つ一つは小さい預け金のことだった。

パン屋、豆屋、薪屋、水運び。

そこを止めると、王都の腹がすぐに鳴る。


大口とは、一度に大きな銀貨袋を動かす者たちだった。

先に動いていたのは、貴族や大商会、王国に近い者たちだった。


怒鳴り声は減った。


だが、信用は戻っていない。


食材商の女が、空の袋を握っていた。

昨日までは豆を売る側だった。

今日は支払いが止まれば、自分の店の戸を閉める側になる。


「銀貨が戻らないなら、明日の豆は出せません」


リーゼはその声を聞いて、記録帳の上に配給札を置いた。


「だから、小口を先に動かします」


白鷲銀行の扉には、臨時の掲示が貼られていた。


小口預金の支払いを優先。

大口引き出しは確認後、順次対応。

王国支援証書は発行条件通り。

白鷲銀行は通常営業を継続。


だが、扉の前の列を見れば、普通ではないことは分かった。


銀行奥の会議室には、頭取と幹部たちがいた。

財務卿の使いもいる。

顔色はどれも悪い。


机の上には、昼から増えた紙が積まれていた。


引き出し要求。

支払い延期依頼。

抗議文。

警備要請。

グラント商会の移管依頼書。


移管依頼書は、奥の部屋だけで止まらなかった。

大きな金を動かすには、保管係が控えを作る。

その控えにも、カシアンの印が残った。


そして、カシアンの署名が入った確認記録。


カシアン本人は、もういなかった。


逃げたわけではない。

商会へ戻った。

そう説明された。


だが、説明は夜の王都を止められない。


グラント商会が逃げた。


その言葉は、すでに広がっていた。


レイジはリーゼとともに、会議室へ入った。


頭取は疲れた顔で立ち上がった。


「この騒ぎに乗じて、何を買いに来たのです」


皮肉のつもりだったのだろう。


声に力はなかった。


レイジは机の上の紙を見た。


「銀貨ではありません」


頭取の眉が動く。


「では、何を」


「貸付先一覧の閲覧権。焦げついた小口借金の紙の整理権。一部の回収管理権」


幹部の一人が即座に声を上げた。


「貸付先一覧は、銀行の心臓です」


「見るだけでも、です」


別の幹部も言った。


レイジは頷いた。


「だから、閲覧権です。まずは見る権利だけでいい」


レイジは白紙を一枚取り、机の上で五つの欄を作った。


誰に貸したか。

いくら貸したか。

何を代わりに押さえているか。

いつ返す約束か。

もう遅れているか。


「この五つを見る。全部を持ち出すとは言っていない」


頭取も低く言った。


「見せれば、白鷲銀行は白鷲銀行でなくなる」


「見せないままでも、明日は列が戻ります」


レイジは答えた。


「あなた方が、何をどこへ貸しているのか。誰を先に逃がそうとしたのか。今日はそれを皆が知りたがっている」


「先に逃がしたわけではありません」


頭取の声が少し強くなった。


「グラント商会からの資金配置確認です。実行はしていない」


「見られた」


レイジは短く言った。


それだけだった。


頭取の指が、机の端を掴んだ。


財務卿の使いが割って入る。


「銀行の貸付先一覧には、王国関係の記録もある。外部に見せられるものではない」


「では、王国が明日の小口支払いを保証しますか」


リーゼが言った。


財務卿の使いが彼女を見る。


「何の話です」


リーゼは記録帳を開いた。


「パン屋。豆屋。薪屋。水運び。日雇い給金。白鷲銀行からの支払いが止まれば、明日の炊き出しと市場の食材が止まります。王国が保証するなら、私たちは条件を下げます」


財務卿の使いは口を閉じた。


保証。


その言葉を口にすれば、払えなかった時に王国が金を出す責任を負う。


王国の財布が空だから、王国支援証書が売られている。


その王国が、明日の豆まで保証できるはずがなかった。


リーゼは、さらに一枚、配給札の束を机に置いた。


薄い木札だった。

王家の印も、銀行印もない。


ただ、番号が焼きつけてあるだけだ。


「王国が保証できないなら、明日の鍋の順番まで口を出さないでください」


財務卿の使いは、配給札を見た。


銀貨より軽い札だった。


だが、その札を持つ者は、明日食べるために来る。


頭取は疲れた目でリーゼの記録帳を見た。


豆。

麦。

固いパン。

水桶。

薪。

配給札、三百。

子供と老人は先。


銀行の帳簿よりずっと薄い。


だが、止まればすぐ人が並ぶ記録帳だった。


レイジは、机の上に自分の紙束を置いた。


グラント商会の販売台帳の写し。

王国支援証書の説明文言。

購入者名と口数。

販売担当者。

カシアンの確認印。

聖白教会の購入記録。

白鷲銀行の証書保管分の控え。


最後に、グラント商会の移管依頼書。


紙が並ぶ。


王家の印がある紙。

商会の印がある紙。

教会の名がある紙。

銀行の保管印がある紙。

カシアンの署名がある紙。


それぞれ別の顔をしていた。


だが、机の上では同じ方向を向いていた。


財務卿の使いの顔が変わった。


「どこでそれを」


「販売された紙は、人の手を通ります」


レイジは言った。


「買った者は、安心したくて控えを見せる。売った者は、手数料を取るために記録を残す。教会は、信徒の金を使った理由を残す。銀行は、預かった証書を管理するために印を押す」


レイジは移管依頼書を指で押さえた。


「そして、逃げようとした者も、紙を残す」


部屋が静かになった。


外の騒ぎより、この沈黙の方が重かった。


頭取は低く言った。


「脅しですか」


「いいえ」


レイジは答えた。


「明日の列が見るものです」


頭取は返事をしなかった。


レイジは続けた。


「今日の列は、銀貨を見たがった。明日の列は、紙を見たがる。グラント商会が何を売り、何を逃がそうとしたか。白鷲銀行が誰に貸し、誰を守ろうとしたか。王国支援証書の金が、どこを通ったか」


「銀行がそんなものを見せれば、信用は終わる」


「見せなくても、終わります」


レイジは机の紙を見た。


「順番を決めるしかない」


頭取は長く息を吐いた。


「白鷲銀行は潰れていない」


「潰れていません」


レイジは認めた。


「貸した金の紙もある。返してもらう予定もある。証書もある。返せない時に取るものもある。帳簿の上では、まだ立っています」


「返せない時に取るものまで持ち出しますか」


頭取が苦く言った。


「金を返せなくなった時、代わりに押さえられるものです。銀行なら、屋敷も、証書も、商会の品も知っているはずです」


レイジは言った。


「それでも、窓口に来た人間は、帳簿では帰らない」


頭取は口を閉じた。


昼の工房主が言った言葉と同じだった。


紙ではなく、銀貨を。


あれが、今日の答えだった。


リーゼが条件を書いた紙を置いた。


小口預金者。

食材商。

パン屋。

薪屋。

水運び。

日雇い給金。

炊き出し関連支払い。


一定額までは優先。

大口引き出しは確認後。

グラント商会関連の移管は、全件記録を残す。

王国支援証書関連の説明文言と販売窓口も、照合対象。


財務卿の使いが顔をしかめた。


「証書の販売まで見るつもりか」


「見える範囲だけです」


レイジは言った。


「今日、証書を不安の種にしたのは誰か。どこが売り、どこが預かり、どこが逃げようとしたか。紙が残っているなら、読めます」


財務卿の使いは黙った。


頭取はしばらく目を閉じていた。


部屋の外では、銀行員がまだ走っている。

紙を持つ音。

鍵を閉める音。

小さな怒声。

衛兵の靴音。


白鷲銀行は立っている。


だが、立っているだけでは、明日の窓口は開けられない。


頭取は目を開けた。


「閲覧権は、範囲を限る。写しは銀行内で作成。持ち出しは、借金の紙整理に必要な部分のみ」


「構いません」


「小口借金の紙の回収管理権は、白鷲銀行の確認印を必要とする」


「返ってこないまま残っている、小さな貸しの紙ですね」


レイジは、机の端に積まれた薄い紙束を見た。


薬代。

粉代。

道具代。

荷車の修理代。


一枚は軽い。

だが、束になると机の角を隠した。


頭取は小さく頷いた。


「そうです。その回収の順番と方法を、勝手には決めさせません」


「構いません。銀行の確認印つきで管理します」


「大口貸付の交渉権は渡さない」


「今は要りません」


今は。


その言葉を、頭取は聞き逃さなかった。


だが、拒めなかった。


外には、まだ列の残りがいる。

市場では、明日の支払いを心配する者がいる。

グラント商会の移管記録は、机の上にある。


白鷲銀行には金がある。


ただ、今ここにない金ばかりだった。


レイジが出せる銀貨は、白鷲銀行を救うほどではない。


だが、明日の小口窓口を開けておく分なら足りる。


その夜、契約書が作られた。


白鷲銀行。

リーゼ家救済配給所。

レイジ。


名目は、窓口整理協力および小口借金の紙整理契約。


硬い言葉だった。


中身はもっと簡単だ。


小さな支払いを止めない。

焦げついた紙を整理する。

誰から、どの順番で、どう返してもらうかを決める。

代わりに、銀行が誰に金を貸しているかを一部見せる。


銀貨の箱を丸ごと買うのではない。

どの道に銀貨が詰まっているか、その地図を少しだけ開かせる紙だった。


頭取は署名欄の前で、手を止めた。


「この紙に署名すれば、白鷲銀行はあなたに貸付先を見せることになる」


レイジは答えた。


「見せなければ、明日は列の人間が銀行に押し寄せます」


頭取はレイジを見た。


冗談ではないと分かったのだろう。


ペン先が、紙に触れた。


頭取の署名。

白鷲銀行印。

リーゼの署名。

レイジの署名。


印が押される。


乾いた音がした。


契約官はいない。

だが、銀行印は重かった。


奥の金庫室から、貸付先一覧が運ばれてきた。


革紐で縛られた帳簿。

厚い。

重い。


表紙には、白鷲銀行貸付台帳と書かれている。


頭取は鍵を開けた。


ページには、同じ形の欄が並んでいた。


誰に貸したか。

何のために貸したか。

何を代わりに押さえているか。

返す日はいつか。

遅れているか。


一枚目。


下級貴族。

屋敷維持費。

返せない時に取るもの、屋敷裏の土地。

返す日、過ぎている。

遅延。


二枚目。


聖白教会王都本院。

証書購入関連資金。

返済予定。


三枚目。


グラント商会。

運転資金。

王国支援証書販売関連立替。

返せない時に取るもの、商会が持つ王国支援証書。


四枚目。


王国財務府関連。

橋梁修繕費立替。

武器や食料の支払い分。

返済予定、未確定。


五枚目。


騎士家。

馬具代。

給金立替。


次々に名前が出る。


貴族。

教会。

商会。

王国関係者。


別々に見えていた紙が、同じ帳簿の中に並んでいた。


リーゼが息を呑んだ。


「これは……」


「王都の金の流れです」


頭取が疲れた声で言った。


「美しいものではありません」


レイジは帳簿を見ていた。


美しい必要はない。


誰が誰に金を貸しているかは、普段は外から見えない。

だから、見られるようになっただけで価値がある。


誰が誰に貸しているか。

誰が誰へ払えていないか。

どこの金が証書になり、どこの支払いが遅れ、どこの鍋が薄くなるか。


全部ではない。


だが、見え始めた。


現金の箱より、こちらの方が重い。


銀貨は使えば消える。

だが、誰が誰に借りているかを持てば、次にどこが詰まるかが分かる。


白鷲銀行の外では、衛兵がまだ人を散らしていた。


翌朝、列は消えないだろう。

だが、昨日の列とは変わる。

銀貨を奪い返すための列ではない。

自分の名前が、どの紙に残っているかを確かめる列になる。


市場裏では、マルタが明日の豆を水に浸けている頃だろう。

ノアは配給札を数えているはずだ。

リーゼの記録帳には、小さな支払いの順番が並んでいる。


王都広場の販売台は、明日も開くだろう。


王家の印は、まだ赤い。

グラント商会の看板も、まだ落ちていない。

白鷲銀行も、潰れてはいない。


だが、今日、列は見てしまった。


奥で逃げるカシアンを。

軽くなる現金箱を。

厚いだけの帳簿を。

今ここにはない金を。


レイジは貸付先一覧の最初の束を開いた。


そこにも、金の流れが止まりそうな場所があった。


魔石鉱山権。


同じ言葉が、いくつもの貸付先に並んでいる。


次に支払いが止まりそうな場所は、そこだった。


帳簿は重かった。


その中には、王国の金がどこからどこへ動くのかが書かれていた。


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