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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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第26話 並ぶ場所が変わる

翌朝、リーゼ家の古い倉庫前に煙が立った。


場所は市場裏だった。


表通りからは少し外れている。

荷車が通れるだけの幅はある。

水場も近い。


珍花を最初に並べた市場の端よりは、少しだけましな場所だった。


大鍋は二つ。


ひとつは豆と麦。

もうひとつは野菜くずと塩のスープ。


豪華ではない。

だが、底が見えないように作られていた。


マルタは鍋の前に立っていた。


腰には布を巻いている。

手には木べら。


「火が強い。焦げる」


彼女が言うと、ノアが慌てて薪を抜いた。


「これくらい?」


「もう一本」


ノアは薪を抜く。


湯気が上がる。


マルタは木べらで鍋底を混ぜた。


「豆は沈む。上だけ見てたら、薄いと思われるよ」


「教会の鍋も?」


「教会のは、本当に薄かった」


ノアは返事に困った。


倉庫の前には、木札が並んでいる。


配給札。

一人一枚。

子供、老人、病人は先に。


リーゼがそれを数えていた。


「今日の分は二百枚。パンは百二十。子供と老人を先に。足りない分は麦粥を多めにします」


ノアが頷く。


「水は?」


「あなたに任せます」


ノアは桶を持った。


少しだけ背が伸びたように見えた。


レイジは倉庫の奥にいた。


表には出ない。


机の上には、別の帳簿がある。


王国支援証書販売記録の写し。

グラント商会販売台帳の控え。

教会購入記録。

炊き出し用穀物の購入記録。

配給札の枚数。


紙はつながっている。


王家の印がある証書。

教会が買った二十口。

延期された穀物購入。

薄くなった鍋。

リーゼ側の配給札。


レイジは五枚の紙を、机の上に一直線に並べた。


ノアが水桶を持ったまま、横から見る。


「これ、全部別の紙だよね」


「ああ」


「でも、つながってる」


「銀貨が通った道だ」


ノアは一枚目の証書を見た。

次に、教会の購入記録。

それから、炊き出し用穀物の延期。

最後に、配給札。


「紙の上で動いた銀貨が、鍋を薄くしたんだ」


レイジは否定しなかった。


一本の線にすれば、誰にでも分かる。


だが、今はまだ線にしない。


紙は、積む。


必要な時に読ませるために。


最初の客は、昨日教会で椀を空にした老人だった。


門の前で止まり、看板を見る。


リーゼ家救済配給所。


立派な名ではない。

だが、鍋の匂いはする。


老人は迷っていた。


「教会ではないのか」


ノアが水桶を持って近づく。


「水、どうぞ」


老人は手を出した。


木椀に水が注がれる。


かつてノアが、床に倒れたレイジへ水を渡した時と同じように。


ただ、今のノアは震えていなかった。


「配給札は、あちらです」


ノアは小さな木札を渡した。


老人はそれを握り、列に並んだ。


次に、子供を連れた母親が来た。


「教会は?」


「今日もあります」


リーゼは答えた。


「ですが、こちらもあります。子供は先にどうぞ」


母親は教会の方角を見た。


鐘楼は見える。

白い壁も見える。


だが、昨日の半分のパンを覚えている。


彼女は子供の手を引き、リーゼ側へ並んだ。


ひとり。

三人。

十人。


列は、最初は細かった。


教会の列の方が長い。


人は慣れた場所へ行く。

白い壁と聖印は強い。

祈りの言葉も、長く聞いてきた。


だが、鍋の匂いは正直だった。


昼前、教会の炊き出し場では、またパンが半分に切られていた。


司祭は昨日と同じように説いた。


「今は慎ましく耐える時です。王国を支えることは、神の秩序を支えることです」


列の後ろで、男が言った。


「リーゼ様のところは、豆が入っていたぞ」


「本当か」


「子供には先に配っていた」


「水もくれた」


声はすぐに流れる。


教会の助祭が顔をしかめた。


「一時的な施しでしょう。教会の救済は長く続きます」


その言葉は正しかったかもしれない。


だが、腹は今日減る。


列の一部が、教会の門前から離れた。


白い壁から、市場裏へ。


司祭がそれを見た。


顔が少し硬くなる。


「どちらへ」


老人が答えた。


「食べる方へ」


それだけだった。


リーゼ側の鍋の前では、マルタが木べらを動かしていた。


「詰めすぎるな。列を曲げな」


ノアが慌てて木札を持って走る。


「子供はこっち。水は一杯ずつ。札なくさないで」


小さな女の子が、木札を両手で持った。


「これで食べられる?」


「食べられる」


ノアは答えた。


短い言葉だった。


大げさな感動はなかった。


ただ、木札と水が渡った。


リーゼは列の横に立っていた。


家紋入りの服ではない。

袖をまとめ、手元の名簿に印をつけている。


配給済み。

水。

パン。

麦粥。

明日の分。


古い家名で人を呼ぶのではない。


鍋と札と人手で、列を受ける。


「明日の豆は足りますか」


リーゼが聞く。


マルタは鍋から目を離さない。


「足りないね。今日の夕方に買い足し。パンは固くてもいい。腹に入ればいい」


「分かりました」


リーゼはすぐに記録帳へ書いた。


祈りではなく、数だった。


夕方、王都広場では王国支援証書が売れていた。


赤い布をかけた販売台。

王家の紋。

グラント商会の店員。

丁寧な説明。


カシアンは笑顔で証書を渡す。


「王国を支える名誉ある一枚です」


購入者は、赤い蝋の印を見る。


安心した顔になる。


一口10万ルク。

二口。

五口。


販売台帳に、名前が増える。

口数が増える。

何枚分買ったかを示す数字が増える。

カシアンの確認印が増える。


その横で、店員が現金箱を交換していた。


朝に置いた箱は、夕方には重くなった。

代わりに、別の棚の証書箱が軽くなっている。


客は銀貨を置き、証書を持って帰る。


銀貨は広場に集まる。

証書は貴族の懐へ、商人の金庫へ、教会の帳簿へ散っていく。


「手元の銀貨を、証書に替える方が増えています」


店員が低く言った。


カシアンは頷いた。


「王家の印があるからだ」


同じ頃、市場裏では、リーゼ側の列が少し伸びていた。


教会の鐘が鳴る。


だが、人の足は鐘だけでは動かない。


鍋の湯気。

配給札。

水。

半分ではないパン。


そちらへ、列が曲がる。


教会の白い壁の前で、司祭がそれを見ていた。


聖印はまだ高い。

言葉もまだ残っている。


だが、救済者の顔だけが、少し剥がれた。


レイジは倉庫の奥で、帳簿を閉じた。


王家の印が押された証書は、安心そうに売れている。

グラント商会には、販売記録が残っている。

教会には、購入記録が残っている。

その教会の鍋は、薄くなった。

リーゼの鍋の前には、列ができた。


鍋は湯気を立てていた。


だが、その湯気は昨日より薄かった。


王都は、まだ安心している。


だが、証書を買った者の手元からは、銀貨が消えていた。

グラント商会の箱には銀貨が積まれ、教会の鍋には水が増えた。


王家の印を信じるほど、誰かの手元の金は薄くなる。


そのことに、まだ誰も気づいていなかった。


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