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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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22/23

第22話 王国の財布は空だった

最後尾のカシアン。


その名は、珍花男爵ほど大きく笑われなかった。


だからこそ、王都の奥まで届いた。


噂は夜会の端から商会の奥の部屋へ、さらに下級貴族の馬車の中へ流れていった。


声を張る者はいない。

扇の裏で、茶器の陰で、少しだけ笑う。


王都最大商会の跡取りであり、契約書を読み、危険も知っていたカシアン。


それでも、名簿の下で大口を入れた。


カシアン・グラントは、それを聞いても表情を変えなかった。


潰れてはいない。


だが、グラント商会の評判には、笑われた名前が残っていた。


王城から呼び出しが来たのは、その噂がまだ乾いていない頃だった。


最初にレイジの名を出したのは、カシアンだったらしい。


貴族に紙を買わせるなら、リーゼ家の名簿とサロンを使える。

その裏にいる元奴隷は、値札と署名を読ませるのがうまい。


そう財務府へ伝えた者がいた。


だから、使者はレイジだけでなく、リーゼにも封筒を持ってきた。


レイジはリーゼとともに、王城の奥へ通された。


石の廊下は広かった。

壁には王家の紋が彫られ、衛兵の槍は磨かれている。


だが、通された部屋の机には、未払いの紙が積まれていた。


立派な王城なのに、払う金が足りていないことはすぐ分かった。


財務卿の仕事部屋には、さらに紙が積まれていた。


机の上には、地図と請求書、未払い通知、武器や食料の支払い表、兵士に払う給金名簿が広げられていた。


机の端には、封の切られていない抗議文がある。


武器商会も、馬具職人組合も、傭兵隊長も、辺境守備隊も、支払いを待っている。


赤い印がいくつも押されていた。


支払い期限切れ。


レイジはその文字を見た。


王城の机に置かれていても、やっていることは奴隷屋敷の帳簿と変わらない。


返すべき金が、返されていない。


財務卿は白髪の男だった。


痩せている。

だが、服は整っている。

指には大きな印章指輪があった。


「よく来た」


声は穏やかだった。


部屋には、すでにカシアンがいた。

灰色の上着。

いつもの整った笑み。


その横には、聖白教会の司祭が座っている。

白い衣。

胸には銀の聖印。


カシアンはレイジを見ると、軽く会釈した。


「また紙のある場所でお会いしますね」


「紙のない場所では、呼ばれませんから」


カシアンは少しだけ笑った。


笑える余裕はある。

だが、以前より目が冷えていた。


財務卿が机の上の地図を叩いた。


「北境の駐屯費が遅れている。西街道の橋の修繕費も払えていない。兵士の給金は二月分遅れ。武器商への支払いは、三月分が残っている」


官僚のひとりが紙を読み上げる。


「辺境槍兵隊、未払い給金180万ルク」

「弩修理費、76万ルク」

「馬のえさ代、42万ルク」

「南門補修費、31万ルク」


数字が落ちていく。


ひとつずつは、城を壊すほどではない。

だが、積むと机が重くなる。


別の官僚が、紐で束ねた紙を差し出した。


「こちらは北境守備隊長からの催促です」


財務卿は封を見ただけで、開かなかった。


赤黒い指の跡が、封の端についている。

血のついた印だった。


「兵の家族が王都へ来ています。給金が遅れ、冬支度ができないと」


「守備隊長は言葉を選ばないな」


財務卿は封を机に置いた。


「だが、国境を守る者が騒げば民が不安になる。返答は慎重に」


武器商会からの紙もあった。


次回納品停止予告。


その文字は、丁寧な筆跡で書かれていた。

丁寧だから、余計に冷たい。


金が払われないなら、次の弩は来ない。

次の槍も来ない。

次の矢も来ない。


リーゼは紙の山を見ていた。


自分の家の借金書類を見た時と、似た顔だった。


財務卿は言った。


「王国は一時的に、払う金のやりくりに苦しんでいるだけだ」


一時的。


借金を抱えた者が、よく使う言葉だった。


官僚のひとりが提案する。


「庶民税を一時的に上げるべきです」


別の者が言う。


「下級貴族に忠誠拠出金を求めましょう。王国の危機です」


司祭が静かに頷く。


「教会にも協力の余地があります。王家が安定すれば、民の暮らしも守られます」


言葉は立派だった。


だが、紙の上では違う。


庶民税。

拠出金。

寄付金の協力。


払う者の顔は、どこにも書かれていない。


財務卿は椅子に深く座った。


「民は、借りたものを返せない時、自己責任として処理される。だが王国は違う。王国が倒れれば、民も倒れる」


レイジは黙っていた。


自分で言っていて、矛盾を感じないのだろうか。


庶民が遅れれば、契約を守らなかったと言われる。

王国の遅れは、国家のため。


紙の上では、どちらも未払いだった。


カシアンが口を開いた。


「商会への支払いをさらに遅らせるなら、王都の流通にも影響します」


「分かっている」


「王家の信用で借りるしかありません」


官僚が言った。


「借りる、ではない」


財務卿の声がわずかに硬くなった。


「王国への協力だ」


レイジは机の上の紙束を見た。


兵士の給金、武器代、橋の修繕費、商会への支払い。どれも先送りできるものではなかった。


大きすぎる紙は、誰も持ちたがらない。

重い借金は、見ただけで逃げられる。


机の端に、未払い合計と書かれた紙があった。


1000万ルク。


リーゼの指が、かすかに止まった。

自分の家の借金と同じ数字だった。


ただし、ここにあるのは一つの家ではない。

王国だった。


レイジはその紙の横に、空いた紙を一枚置いた。


10万ルク。


さらに、その下へ線を引く。


一口10万ルクの数字が、同じ幅で何度も並んでいた。


同じ数字を、いくつも並べた。


財務卿が眉をひそめる。


「何をしている」


「重すぎる荷を、小分けにしています」


レイジは言った。


「麦袋でも同じでしょう。1000万ルクの大袋は、誰も背負いたがらない。10万ルクの袋なら、持てる者が出る」


官僚たちは紙を見た。


1000万ルクの一行は、重い。


だが、10万ルクの紙が並ぶと違う。

一枚なら、誰かの手に乗る。

一枚なら、買えるように見える。


リーゼは小さく言った。


「大きな借金を、持てる大きさに切るのですね」


「そうだ」


レイジは答えた。


「王国が今すぐ払えない金を、10万ルクずつの紙に分けて売ります」


財務卿の指が止まる。


「売る?」


「買った者には、半年後に少し多く返す。一口10万ルク。半年後、10万8000ルク」


官僚が眉をひそめた。


「王国の借金を、民へ売るのか」


財務卿がすぐに言った。


「支援だ」


レイジは答えなかった。


支援と呼んでも、返礼と呼んでも同じだ。


中身は、返す約束の紙だ。


王国でも、払えないなら借金をしている側だった。


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