表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/22

第21話 最後尾のカシアン

カシアンが入ったあと、リーゼ家再建サロンの名はさらに広がった。


王都最大商会が入った。


それだけで、新しい招待希望者が増えた。


「グラント商会が支えているなら安心だ」


「カシアンが大口で入ったのだろう」


「なら、まだ席は残っているのか」


残っていると思いたい者が増えた。


実際には、席はもう遅かった。


レイジは新しい参加希望の紙を見て、受け取らなかった。


リーゼも同じだった。


招待状は出しても、参加金は受け取らない。

受け取れば、名簿の下に新しい名前が増える。


受け取らなければ、最後に大口で残る名前は一つだけになる。


グラント商会。


最後の大口参加金は、先の礼金に回った。


白い紐の袋が増える。

赤い紐の袋が薄くなる。

名簿の下に、返礼未了の文字が残る。


ノアはそれを見て、もう質問しなかった。


銀貨がどこから来て、どこへ行くのか。

十分に見たからだ。


カシアンの部下が、二度屋敷へ来た。


一度目は、礼金窓口の補助を申し出た。


「人数が増えれば、リーゼ家だけでは手が足りないでしょう。グラント商会で受けましょう」


リーゼは断った。


「お気遣いありがとうございます。ですが、名簿はこの家で管理します」


二度目は、推薦状の確認を申し出た。


「推薦者の信用確認だけでも、商会を通した方が安全です」


リーゼはまた断った。


「推薦枠は、当家から出した招待状に従います」


カシアンはまだ諦めていなかった。


だが、扉は開かなかった。


大口の金は入れた。

名簿には載った。

けれど、帳簿には触れられない。


商会が支えているように見える。

だが、会を握ってはいない。


その間にも、礼金を払う日は近づいていた。


「途中で抜けますか」


部下が低い声で言ったとき、カシアンは契約書を見ていた。


途中で抜ければ手数料が引かれる。部下が指で押さえた計算欄には、入金100万ルクから差し引かれる額と、返金予定額がすでに並んでいた。


戻る銀貨はある。

だが、削られた数字と、抜けたことを示す印が名簿に残る。


今抜ければ、商会名の横に途中で抜けた印がつく。


大口で入り、主導権も取れず、手数料を払って逃げたカシアン。


それもまた、名簿に残る。


カシアンは契約書を閉じた。


「まだだ」


その短い言葉だけが残った。


最終日のサロンは、茶の匂いより紙の匂いが強かった。


広間には、早く入った者も、途中で抜けた者も、まだ礼金を待つ者もいた。カシアンはその中で、誰より静かに座っている。


リーゼは前に立っていた。


顔色はよくない。

だが、背は曲がっていなかった。


「本日は、会の残資金と戻った銀貨を確認します」


広間が静まる。


礼金を求める者たちの目が、机の上に置かれた三つの箱へ集まった。銀貨の箱、契約書の箱、名簿の箱。そのどれも、蓋に封がされている。


レイジは奥から出た。


下級貴族たちの視線が、首の痕に一度だけ触れる。

元奴隷。

帳簿係。

リーゼ家再建サロンの裏にいる男。


もう誰も、ただの小銭稼ぎとは見ていなかった。


レイジは長机の上に名簿を置いた。


「参加した順番です」


紙が開かれる。


上から順に、名が並んでいる。


上の方には、返礼済みの印が続いていた。


一番目も二番目も、入れた銀貨は少ない。だが、約束された返礼はもう済んでいる。


三番目の行にも、返礼済みの印がある。


四番目の欄には、途中で抜けた記録があった。手数料は引かれているが、銀貨は戻っている。


名簿が進むほど、返礼済みの印は減っていった。


途中で抜けた者は、大きな得はしていない。だが、深い傷もない。


早く入った者は、本当に得をしている。礼金を受け取り、推薦者として名も残っている。


問題は、下の方だった。


二十四番目、二十五番目、二十六番目。


二十四番目の商人は、白くなった唇で名簿を見ていた。

二十五番目の騎士家の次男は、怒鳴りかけて、契約書の一文で口を閉じた。

二十六番目の女主人は、扇を握りつぶしている。


どの行にも、返礼未了の赤い印が押されている。


そして二十七番目に、グラント商会の名があった。


入れた銀貨は100万ルク。


そこにも、同じ赤い印が押されていた。


広間が静まり返った。


誰でも分かる。


最後で、一番大きく、一番残っている。


カシアンの名だけが、紙の底で重かった。


「残った銀貨は?」


下級貴族のひとりが聞いた。


レイジは別の帳簿を開き、銀貨箱の蓋を少しだけ持ち上げた。


中の銀貨は、音を立てるほど残っていなかった。


「会の箱に残った銀貨は、名簿の上から順に一部へ回します。全員分には足りません」


「では、後ろの者は」


「遅れます」


短い答えだった。


「これは詐欺ではないか」


誰かが言った。


レイジは答えなかった。

リーゼが契約書を開いた。


「戻す銀貨は、会の箱に銀貨が残っている場合に支払う。銀貨が不足する場合、支払いは遅れる。参加者はその危険を分かったうえで参加する」


彼女は一語ずつ読んだ。


声は残った。

だが、訴える言葉は細くなった。


カシアンの部下が前に出ようとした。


カシアンが手で止めた。


彼は黙って名簿を見ている。


笑顔は、まだある。

だが、薄い。


リーゼは読み終えると、銀貨箱に手を置いた。


「この箱に残っている分から、名簿の上の方へ順に支払います」


その言葉で、広間の視線が名簿の下へ落ちた。


「また、参加した順番、入れた銀貨、戻った銀貨、抜ける状況は、誰が先か見えるように名簿に残される。参加者は名簿に残すことに同意する」


読み終えたあと、リーゼはカシアンを見た。


「カシアン様は、この条項を確認されました」


カシアンは頷いた。


「確認しました」


声は静かだった。


怒鳴らない。

取り乱さない。


だからこそ、負けたことが分かった。


下級貴族たちは、声を小さくした。


「最後尾は、グラント商会か」


「しかも大口で」


「カシアンは、最後の席までお買いになるのだな」


「さすがカシアンだ。皆が座った後の席にも、価値を見いだされる」


「最後尾のカシアンだ」


笑いは、バルガスの時ほど大きくなかった。


珍花男爵のような滑稽な笑いではない。


もっと細い。

もっと上品で、逃げにくい笑いだった。


扇の裏。

茶器の陰。

視線だけで交わされる笑い。


大声で笑われるより、その小さな笑いの方が、商会の名前には痛かった。


王都最大商会の跡取り。

契約書を読んだカシアン。

危険を分かっていたカシアン。


それでも、最後尾で大口を入れた。


読めなかったとは言えない。


レイジはカシアンを見た。


「読んでいましたね」


「ええ」


「では、支払いが遅れる危険も、名簿に残ることも、分かっていたはずです」


「そうですね」


カシアンは短く答えた。


部下の顔が赤くなる。


「しかし、会の運営に問題が」


「契約外のことはしていません」


リーゼが言った。


声は震えていた。

だが、言い切った。


「危険条項も、名簿に残すことも、すべて説明しました。カシアン様は、読んで署名されました」


カシアンはリーゼを見た。


初めて、彼の笑顔が完全に消えた。


「リーゼ様」


「はい」


「あなたは、強くなられた」


褒め言葉ではなかった。


だが、侮りでもなかった。


リーゼは答えない。


カシアンはゆっくりと名簿を閉じた。


「返礼は遅れる。名簿には残る。商会名も残る」


「契約通りです」


レイジが言った。


カシアンはレイジを見た。


「あなたは、私に読ませた上で署名させた」


「止めてはいません」


「止める必要もない。私が署名した」


その声は低い。


広間の笑いは、もう止まっていた。


カシアンは怒鳴らない。

契約無効も叫ばない。

そんなことをすれば、さらに笑われると分かっている。


だから、静かに笑われた名前を受け止めている。


それが、彼の強さだった。


「最後尾のカシアン」


誰かがまた囁いた。


今度は、カシアンにも聞こえたはずだ。


彼は振り返らなかった。


「良い勉強になりました」


珍花の時と同じ言葉だった。


だが、声の温度は違った。


レイジは答えない。


カシアンは続けた。


「買う側は、どうしても遅れることがある」


彼は名簿の下の自分の名を、一度だけ見た。


「次は、席に座る前に、席を売る側を考えます」


レイジはその意味を聞き返さなかった。


カシアンは、もう買う側で傷を受けるつもりはない。


人が欲しがる席。

人が安心する紙。

人が乗り遅れたくないと思うもの。


次は、それを売る側に回る。


広間から出る時、カシアンはリーゼに一礼した。


「返礼は、契約通りお待ちします」


「ありがとうございます」


リーゼの声は疲れていた。


カシアンが去ると、広間の力が抜けた。


早く入った者たちは、自分の礼金袋を抱えて帰った。

途中で抜けた者は、目立たないように帰った。

後ろに残った者たちは、名簿を見て顔を曇らせた。


それでも、契約書はそこにあった。


危険は書いてあった。

名簿も書いてあった。

署名も印もあった。


レイジは帳簿を閉じた。


リーゼは椅子に座った。


しばらく、何も言わなかった。


ノアが茶を持ってくる。

薄い茶だった。


リーゼはそれを受け取り、手元を見た。


「私の家名で、人が集まりました」


「ああ」


「私が招いた席に、皆が意味を見ました」


「ああ」


「そして、名簿で損をした人もいる」


「いる」


リーゼは目を閉じた。


「怖いですね。信用は」


「金より軽く見える」


レイジは名簿に革紐を巻いた。


「だが、笑われた名前は、失った銀貨より長く残ることがある」


リーゼはカシアンが座っていた席を見た。


そこにはもう誰もいない。

だが、椅子の位置だけが少しずれていた。


「私は、ただ守られた家の娘ではいられないのですね」


「君が決めた」


「はい」


リーゼは頷いた。


疲れている。

怖がってもいる。


だが、戻りたい顔ではなかった。


レイジは名簿を箱に入れた。


得たのは銀貨だけではない。

誰が面子で金を出すか。

誰が外されることを恐れるか。

誰が危険を読んだ上で署名するか。


その名簿だった。


そこには、誰がいつ入り、いくら入れ、どの順番で抜けたのかが残っている。

最後の方の行には、カシアンの署名と印もあった。


名簿は箱の中で、誰の名前も消さなかった。


王都ではもう噂が動き始めている。


リーゼ家再建サロン。

早く入った者は得をした。

最後に大口で入ったカシアンは、名簿の下に残った。


最後尾のカシアン。


その名は、珍花男爵ほど大きくは笑われないだろう。


だが、商会の奥まで届く。


カシアンは潰れていない。

むしろ、次はもっと丁寧に来る。


レイジは窓の外を見た。


王都の夜は、まだ静かだった。


紙に名前を書く者は、まだいくらでもいる。


そして、読んだ上で署名する者ほど、自分だけは違うと思っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ