第18話 招待状は値段になる
三度目のサロンから、招待状の数を減らした。
席は最初に八つ、次に六つ、その次は五つだけ用意された。
客が減ったわけではない。
申込は増えていた。
だから、減らした。
リーゼ家の封蝋が押された招待状は、薄い紙だった。
だが、受け取った者は厚い顔をした。
夜会の端で、それを見せる者が出た。
「次の茶会は、少し予定がありまして」
「どちらへ?」
「リーゼ様のところへ」
それだけで、聞いた者の目が動く。
「招かれたのですか」
「ええ。小さな会ですから、席は多くありませんけれど」
その言い方を聞いて、相手の目が変わった。
少ない席に呼ばれた人間だと、周りに見せられるからだ。
多くない。
だから、持っている者は選ばれたように見える。
招待状に金額は書かれていない。
だが、持っているだけで選ばれたように見える。だから欲しがる者が増えた。
リーゼ家の小広間では、席順にも視線が集まるようになった。
窓際や暖炉近く、リーゼの正面、古い家紋の下。良い席に座れば、早く招かれた客だと分かる。だから皆が席を見るようになった。
どの席に座るかで、誰が早く招かれたかが分かる。
参加者は上品だった。
彼らは茶を飲み、銀器を褒め、リーゼの父の思い出を語った。没落しかけた家を支える意義まで口にする。
だが、視線は隠せない。
名簿を見れば、誰が先に礼金を受け取り、誰が次の招待者を推薦し、誰がまだ礼金待ちなのかまで分かる。
レイジは奥の部屋で、それを全部記録していた。
参加日、入れた銀貨、返礼予定日、返礼済みかどうか、推薦者、席順。名簿には、誰が先に入り、いくら出し、いつ礼金を受け取るのかが全部残った。
ノアが椅子の上で、名簿を覗き込む。
「席も書くの?」
「書く」
「お金と関係ある?」
「ある」
ノアは広間の方を見た。
「みんな、席を見てる」
「だからだ」
珍花の時は、値札を見て人が動いた。
今は、席と招待状を見て動いている。
花を高く買うなら、失敗として笑える。
だが、席に呼ばれないことは、貴族にとって笑いごとではない。
社交界では、笑う側にいるか、笑われる側にいるかがすべてだった。
リーゼは、笑われるかもしれない視線を正面から受けていた。
「本日は、新しい推薦枠についてご説明します」
彼女が言うと、広間が静かになる。
「既存参加者の方は、一名のみ次回招待候補を推薦できます。ただし、席数には限りがあります」
ひとりの若い男爵が身を乗り出した。
「推薦すれば、必ず招待されるのですかな」
「いいえ」
リーゼは首を振った。
「名簿と、会の箱に残っている銀貨を確認したうえで、こちらから招待状をお送りします」
その言い方は、丁寧だった。
だが、選ぶ側の言葉だった。
リーゼ自身も、それに気づいたのだろう。
一瞬だけ、指が紙の端を握った。
しかし、声は崩れなかった。
「無理に広げる会ではありませんので」
下級貴族たちは頷いた。
その顔に、不満は少ない。
むしろ安心していた。
誰でも入れる会ではない。
だから、自分が入れたことに意味が出る。
夕方、ひとりの商会員が門前で断られた。
グラント商会の使いだった。
「カシアンの代理として、次回参加の希望を」
執事もいない屋敷で、対応したのはノアだった。
ノアは紙を持って、レイジのところへ走ってきた。
「グラント商会だって」
「招待状は?」
「ない」
「なら、断れ」
「ぼくが?」
「丁寧にな」
ノアは目を丸くした。
それでも戻っていった。
門前で、ノアは背伸びするようにして言った。
「招待状をお持ちでない方は、参加できません」
商会員は顔をしかめた。
「こちらはグラント商会だぞ」
「はい」
「分かって言っているのか」
「招待状をお持ちでない方は、参加できません」
同じ言葉だった。
だが、二度目は少しだけ強かった。
奥で見ていたリーゼが、静かに息を吐いた。
「グラント商会を、門前で断ることになるとは思いませんでした」
「君のサロンだ」
「怖い言い方をしますね」
「事実だ」
リーゼは窓の外を見た。
グラント商会の使いは、何も得ずに馬車へ戻っていく。
その背を、市場から来ていた小商人が見ていた。
見た者は、必ず誰かに言う。
その夜、噂は早かった。
リーゼ家再建サロンから、グラント商会だけが外されているらしい。
正確ではない。
だが、正確である必要はなかった。
珍花の噂と同じだ。
足りないところは、聞いた者が勝手に埋める。
違うのは、今度は値札ではないこと。
招待状。
席。
名簿。
門前で断られた大商会。
それだけで、人は動く。
グラント商会の奥室に、その噂が届いたのは、翌朝だった。




