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転生したら奴隷にされたのでリーマンショック起こして異世界経済崩壊させます  作者:


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第16話 リーゼ家再建サロン

珍花男爵。


その名は、思ったより遠くまで流れた。


市場の野菜売りも荷運び人も笑っていた。夜会帰りの馬車の中でも、まだその話が出ていたらしい。


バルガス男爵の屋敷から運び出された青い花は、三日たっても石畳に染みを残していた。


レイジは市場の端で、その染みを見ていた。


花の値札は消えた。

だが、人の目はまだ動いている。


ノアが隣で小さな記録帳を抱えていた。


ノアの作業記録には、小口契約回収補助として1日100ルクが記されている。

屋敷で水桶を運ぶより、外で金に変わる方がバルガスにも都合がよかった。


だからノアは、今日もレイジの隣にいる。


「珍花男爵って、みんな言ってた」


ノアが小声で言った。


「聞こえるようにな」


「うん。聞こえるように」


リーゼは黙っていた。


古い外套を羽織っている。

貴族として目立つ服ではない。

だが、姿勢は変わらない。


珍花の夜会を見てから、彼女の声は少し変わった。

怒りよりも、冷めたものが混じるようになった。


「男爵家の掛け売りを止めた店が出たそうです」


リーゼが言った。


「花で信用を落としたわけか」


「花だけではありません。あれは、見栄を買った結果です」


リーゼは静かに言った。


レイジは市場の方を見た。


もう珍花の客はいない。

値札が消えれば、花はただの花だった。


「次は、花では足りない」


「次?」


「花は現物だった。目の前にあるものを買って、次へ売るだけだ。俺が信用されていなくても、値札が動けば人は来た」


レイジは自分の首に触れなかった。


首輪の痕は薄くなっている。

だが、まだ見る者は見る。


「だが、金を預けるなら話が違う」


リーゼの表情が硬くなった。


「預ける?」


「銀貨を預けてもらう商売に、元奴隷の名前は弱い」


「銀貨を誰の箱に入れるかを、人は見る。花なら値札で動く。銀貨なら、箱の持ち主を見る」


いったん銀貨を箱に入れてもらい、あとで少し増えて戻ると信じてもらう商売。

そこでは、誰が預かるかが値段になる。


ノアがレイジの首を見た。

すぐに視線を落とす。


通行人も同じだ。

見て、見ていないふりをする。


だが、首輪の痕を見れば、元奴隷に銀貨を預けるのを嫌がる者はいる。


リーゼは理解した顔をした。


「だから、私の家ですか」


「嫌ならやめる」


レイジはすぐに言った。


リーゼは答えなかった。


リーゼ家の屋敷は、古かった。


屋敷を取られる話を止めたとはいえ、傷んだ柱も、欠けた石段も、剥げかけた壁もそのままだった。


だが、磨けばまだ光るものはあった。


玄関の銀燭台も、古い家紋入りの茶器も、先代の肖像画も、傷のある長机も、リーゼ家に残されたものだった。


没落しかけた家には見える。

だが、完全に落ちた家ではない。


レイジはその長机の上に紙を置いた。


リーゼ家再建サロン。


表向きは、そういう名だった。


没落しかけたリーゼ家を支援する下級貴族の互助会。

小口資金を融通し合う会。

参加者には、礼金が返る。

招待制。

席数は限る。

次の参加者を推薦できるのは、参加済みの者だけ。


利殖の会とは書かない。

儲け話とも書かない。


紙の上では、上品だった。


リーゼはその紙を見ていた。


「私の家名を使えば、人が来るのですね」


「来る」


「私が、父の借金で屋敷を失いかけたことも、皆知っています」


「だから来る」


リーゼの眉が動いた。


「弱った家を助ける名目なら、出席しやすい。珍花で早く降りた連中なら、君の家に関わることを損だと思わない。下級貴族は、古い家名を助けたという顔もできる」


「そして、礼金も受け取れる」


「そうだ」


リーゼは椅子に座った。


古い鍵を、机の上に置く。

以前、契約室で握っていた鍵だった。


「私は、家名を守りたいと思っていました」


「知っている」


「でも、リーゼ家の名前を見て、人が来るとは考えていませんでした。父の借金を増やした紙も、家を守った紙も、同じ家名について回る」


リーゼは招待状を一枚取った。


白い紙ではない。

少し黄ばんだ厚紙。

封蝋には、リーゼ家の古い家紋が押されている。


「これは、名義貸しですか」


「違う」


レイジは答えた。


「君が前に立つ。俺は帳簿係だ」


「私が、挨拶も、説明も、断ることもするのですね」


「ああ」


「危険な条項も隠さない?」


「隠さない。読まない方が悪いと言うなら、読める場所に置く」


レイジは、相手を選んだ。

読めない者には売らない。

明日の飯代を握った者にも売らない。

途中で抜ける道は、契約に残す。


その上で、面子で署名する者から取る。


リーゼは紙を見下ろした。


しばらくして、彼女は小さく息を吸った。


「なら、やります」


ノアが顔を上げた。


「いいの?」


「いいかどうかは、分かりません」


リーゼは言った。


「でも、リーゼ家の名前を守るだけでは、また誰かに利用されます。今度は、私たちがこの名前を使う側にならないと、きっと同じです」


彼女は招待状の端を整えた。


手は少し震えていた。

だが、逃げる手ではなかった。


最初の招待状は、珍花を早く売り抜けた下級男爵家へ渡された。


その日の夕方。


バルガス邸から続く道の端で、下級貴族の婦人が馬車へ乗り込んだ。


彼女の手には、一通の招待状があった。


婦人はそれを袖の内側に隠した。

だが、隠し方が遅い。


見せたい者の隠し方だった。


「リーゼ様のところへ?」


隣の貴族が聞いた。


「ええ。小さな集まりですわ」


婦人は何でもない顔で答えた。


「珍花の時、早く降りられた方が何人かいらっしゃるとか」


「そう聞いております」


「席は?」


「多くないそうです」


その言葉だけで、相手の目が動いた。


多くない。


それは、王都では値段になる。


少し離れた場所で、レイジはそのやり取りを見ていた。


花ではない。

値札でもない。


今度は、招待状が人を動かす。


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