仮面の正体
ナルが宿へ戻った頃には、窓の外はすでに夕暮れへ染まり始めていた。
部屋ではレインが椅子へ腰掛けたまま地図を眺めており、扉が開く音に顔を上げる。
「お帰りなさい。」
「ああ、行ってきました。」
ナルは椅子へ腰を下ろすと、一息ついてから静かに口を開いた。
「資料は第四騎士団総隊長へ直接渡してきました。学園長の名前を出した途端、すぐに中へ通されましたよ。」
「そうですか。」
「総隊長も資料へ一通り目を通し、すぐに動くと言っていました。あの様子なら必要な手は打つでしょう。」
レインは小さく頷く。
第四騎士団が動けば、それで十分だった。
ここから先は軍が判断する領域であり、自分達が口を出すべき話ではない。
「ありがとうございます。」
レインは静かに頭を下げた。
「これで、ナルさんへお願いしていた依頼は終了です。」
その言葉に、ナルは少しだけ目を丸くする。
「もう終わりですか。」
「はい。」
レインは穏やかに笑った。
「これ以上ナルさんを拘束する理由もありません。ナルさんは傭兵ですから、自由に動いてください。」
しばらくレインを見つめていたナルは、やがて苦笑しながら立ち上がる。
「分かりました。また必要になったら呼んでください。」
「その時は、また依頼します。」
二人は短く握手を交わした。
余計な言葉はいらなかった。
互いに信用しているからこそ、それだけで十分だったのである。
ナルは荷物を肩へ担ぐと、そのまま宿を後にした。
城塞都市の門を抜ける頃には、西日が街道を赤く照らしている。
行き交う兵士達や補給隊を眺めながら、ナルは小さく笑った。
「アルディア王国も、これから随分と騒がしくなりそうだな。」
誰に聞かせるでもない独り言を残し、そのまま街道の向こうへ歩き去っていく。
一方その頃。
戦場近くの森では、白い仮面を外したレインが静かに高台へ立っていた。
戦いの痕跡だけが残る森の向こうでは、黒い雷と一筋の銀光が激しく交錯している。
剣が振るわれるたびに森が裂け、大地は抉れ、轟音が何度も山々へ反響していた。
その光景をしばらく見つめた後、レインは小さく息を吐く。
「流石ですね……リリア先輩。」
静かな呟きは風へ溶けて消えた。
レインは白い仮面を懐へしまうと、誰にも気付かれることなく森を後にする。
数日後。
一つの報せが西大陸全土を駆け巡った。
『カルドニア王国第八位、《黒雷》ゼクト・ヴァルガン戦死。』
その報は国境を越え、各国の王城、軍司令部、諜報機関、商人達の間、さらには裏社会にまで瞬く間に広がっていく。
そして、その報告書にはもう一つの名が記されていた。
『討伐者――アルディア王立騎士学校二年Sクラス首席、リリア・フォン・ローゼンベルク。』
その名は、ローゼンベルク公爵家の令嬢として、そして将来を嘱望される若き騎士として、以前から各国の上層部には知られていた。
しかし、この日を境に世界が記憶したのは家名ではない。
まだ卒業すらしていない一人の学生が、カルドニア王国第八位の超越者を討ち取ったという事実だった。
その知らせは西大陸に大きな衝撃を与える。
すぐに勢力図が変わるわけではない。
それでも各国の上層部は、一人の少女の名とともに、新たな時代の幕開けを静かに感じ取っていた。




