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英雄なのか?  作者: よろず
戦争準備編
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92/212

リリア


第七監視砦から北へ数キロ。


森と街道が交わる緩やかな丘陵地帯を、リリアたち二年Sクラスは第四騎士団の兵士たちと共に巡回していた。


実習とはいえ、ここは紛れもない最前線である。街道の先にはノルガルト侯国が広がり、そのさらに北にはカルドニア王国が控えている。兵士たちの表情にも訓練とは違う緊張感があり、生徒たちも無駄話をする者はいなかった。


その静寂を破ったのは、先頭を歩いていた兵士だった。


「止まれ。」


低い声と同時に拳が上がる。


全員が足を止め、視線を前方へ向けた。


森の奥から、人影がゆっくりと姿を現してくる。


一人、二人ではない。


十人、二十人……やがてその数は百を超え、街道を埋め尽くすように武装した集団が姿を現した。


兵士たちの表情が一変する。


「敵だ!」


「戦闘準備!」


怒号が響き、第四騎士団の兵士たちは素早く盾を構え、槍を前へ向ける。リリアたちも迷うことなく武器を抜き、それぞれ自然に戦闘隊形へ移行した。


クリスティーナは兵士たちとの位置関係を確認し、エドワードは全体を見渡しながら退路まで視野へ入れる。ノアは森の左右へ視線を走らせ、伏兵の有無を探り、アレスは当然のようにリリアの半歩前へ立った。


しかし、その時だった。


武装集団の中央が静かに左右へ割れる。


まるで道を開けるように人垣が動き、その奥から一人の男が悠然と姿を現した。


漆黒の軍服。


肩まで伸びた黒髪。


そして全身から滲み出る圧倒的な威圧感。


男が一歩前へ出た瞬間、周囲の空気そのものが重く沈んだ。


兵士たちの顔色が変わる。


「まさか……。」


「嘘だろ……。」


隊長格の兵士が息を呑む。


「あれは……黒雷。」


その名が漏れた瞬間、兵士たちの間へ緊張が走った。


カルドニア王国第八位。


《黒雷》ゼクト・ヴァルガン。


敵国でも知らぬ者はいない超越者だった。


「カルドニアが動いただと……。」


誰かが掠れた声で呟く。


ノルガルト軍との小競り合いなら想定していた。


だが、カルドニアの超越者が自ら前線へ姿を現すなど、この場の誰一人予想していなかった。


その空気の中で、ただ一人だけ首を傾げた少女がいた。


「黒雷?」


リリアだった。


その反応にアレスが驚く。


「姫、ご存じありませんか。」


「知らない。」


あっさりと答えるリリアに、その場の空気がわずかに緩む。しかし兵士たちに笑う余裕はなかった。


そんなやり取りをよそに、ゼクトは静かにこちらを眺めている。


まるで獲物を値踏みするような視線だった。


その時、不意に後方から馬の蹄の音が響いた。


兵士たちが一斉に振り返る。


街道を一騎の軍馬が駆け抜け、そのまま隊列の前で静かに止まった。


馬上から降り立った男を見た瞬間、兵士たちは一斉に姿勢を正す。


「ハルント様!」


第四騎士団第四席。


ハルント・イス。


長槍を携えた男は兵士たちへ一度だけ視線を向けると、そのままゼクトを見据えた。


「現れたか。」


短い一言だった。


だが、それだけでゼクトは全てを理解する。


(情報が漏れていたか。)


本来なら、ここへ第四席が現れる理由はない。


つまり、自分が前線へ動いた情報をアルディア側は事前に掴んでいたということだった。


ゼクトは肩を揺らし、小さく笑う。


「なるほど。」


「そういうことか。」


ならば都合がいい。


本国への報告はいくらでも取り繕える。


『偵察中、アルディア側超越者と遭遇。やむを得ず交戦。』


それで済む話だった。


ハルントは槍を肩へ担ぐと、振り返ることなく命じる。


「全員、砦へ戻れ。」


兵士たちは一瞬だけ躊躇した。


相手は黒雷。


第四席一人を残して退くことに抵抗があったからだ。


しかし、ハルントは静かな声で続ける。


「命令だ。学生を必ず砦まで送り届けろ。」


「はっ!」


すぐさま撤退準備が始まり、生徒たちにも移動が伝えられる。


アレスはリリアへ視線を向けた。


「姫、参りましょう。」


しかし、リリアはゼクトから目を離さない。


「……あの人、強い。」


ぽつりと漏らしたその瞬間だった。


ゼクトが口元を歪める。


「逃がすと思うか。」


その声と同時に、森の左右から無数の足音が響いた。


ガサガサッ――。


木々の陰から次々と武装した男たちが姿を現す。


退路を塞ぐように左右の森から現れたその数は、先ほど街道へ姿を見せた者たちをはるかに上回っていた。


兵士の一人が息を呑む。


「囲まれた……!」


ハルントは槍を肩へ担ぐと、振り返ることなく命じた。


「全員、砦へ戻れ。」


兵士たちは一瞬だけ躊躇した。


相手は《黒雷》。


第四席一人を残して退くことに抵抗があったからだ。


しかし、ハルントは静かな声で続ける。


「命令だ。学生を必ず砦まで送り届けろ。」


「はっ!」


すぐさま撤退準備が始まり、生徒たちにも移動が伝えられる。


アレスはリリアへ視線を向けた。


「姫、参りましょう。」


しかし、リリアは動かなかった。


「私は残る。」


その一言に、その場の空気が止まる。


「駄目だ。」


即座にハルントが言い切った。


「お前は学生だ。ここは軍が引き受ける。」


だが、リリアはゼクトから視線を逸らさない。


「あの人……私を見てる。」


その言葉どおりだった。


ゼクトは品定めをするような目で、ただリリアだけを見つめている。


「最初から私が目的なんでしょう?」


静かな問いに、ゼクトは口元をわずかに吊り上げた。


「勘がいい。」


「西大陸中を騒がせた天才。」


「一度、この目で確かめてみたくなった。」


リリアは困ったように小さく笑う。


「やっぱり。」


そしてハルントへ向き直った。


「この人、私が帰っても追い掛けてきます。」


「それなら、ここで終わらせた方が早いです。」


ハルントは無言でゼクトを見据える。


敵の視線。


気配。


殺気。


確かに狙いはリリアへ集中していた。


学生たちを逃がそうとしても、この男は必ず追う。


それなら、自分がここでゼクトを足止めするしかない。


数秒の沈黙の末、ハルントは静かに口を開く。


「……勝手な真似はするな。」


その一言だけだった。


「はい。」


リリアは小さく頷く。


ハルントは兵士たちへ視線を向ける。


「予定どおり撤退だ。」


「学生を守りながら砦へ戻れ。」


「私とリリアが時間を稼ぐ。」


「はっ!」


命令は瞬く間に伝達され、第四騎士団と二年Sクラスは隊形を維持したまま後退を始める。

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