第四席ハルント・イスは
翌朝、第七監視砦は夜明け前から活気に包まれていた。
夜間警戒を終えた兵士たちが交代で食事を取り、その間にも巡回部隊は次々と北方へ向けて出発していく。補給部隊は荷馬車から武器や食料を降ろし、鍛冶場では鎧や剣の修理が休みなく続けられていた。治療所では軍医たちが負傷兵の手当てに追われ、砦中が慌ただしく動き続けている。
大きな戦闘こそ起きていない。
それでも、この砦が北方最前線を支える重要拠点であることは、絶え間なく行き交う兵士たちの姿が何より雄弁に物語っていた。
そんな朝の喧騒の中、不意に見張り台から張り詰めた声が響く。
「騎兵接近!」
砦中の兵士たちが一斉に街道へ視線を向ける。
土煙を巻き上げながら、一隊の騎兵が一直線に迫っていた。
乱れのない隊列。
先頭を走る一人の男を中心に、およそ二十騎が無駄のない速度で砦へ入ってくる。
先頭の男が馬から降りた瞬間、周囲の兵士たちは一斉に敬礼した。
「ハルント様!」
「お疲れ様です!」
ダリウスも足早に歩み寄る。
「お待ちしておりました。」
ハルント・イスは短く頷くだけで砦全体へ視線を巡らせた。
見張り台の配置。
巡回兵の動き。
補給物資の量。
鍛冶場の稼働状況。
一瞬で砦全体を見渡すと、ようやくダリウスへ向き直る。
「異常は。」
「ありません。国境方面も静かなままです。」
「そうか。」
短く答えたハルントの視線は、そのまま少し離れた場所へ移った。
そこには二年Sクラス十三名が整列している。
リリアは興味深そうにこちらを見つめ、アレスは一歩後ろからその様子を静かに見守っていた。クリスティーナとノアは自然体を装いながらも、目の前の男が放つ圧倒的な存在感を冷静に観察している。エドワードをはじめ他の生徒たちもまた、北方戦線を支える席持ちの一人を前に、自然と表情を引き締めていた。
ハルントはゆっくりと十三人の前を歩く。
誰一人飛ばすことなく、一人ひとりの顔を見ていく。
その眼差しは鋭い。
しかし相手を威圧するものではなく、戦場へ送り出す兵を見極める歴戦の指揮官の目だった。
やがて最後の一人まで見終えると、小さく頷く。
「なるほど。」
静かな声だった。
「想像以上だ。」
その一言に、ダリウスはわずかに目を見開く。
北方軍でも、ハルントが他人を評価する場面はそう多くない。
だからこそ、その短い一言の重みを兵士たちは理解していた。
一方のリリアは素直に笑顔を浮かべる。
「褒められちゃった。」
その呟きにアレスは満足そうに頷き、レオンが苦笑する。
「姉さんは相変わらずだな。」
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
ハルントはダリウスへ視線を向けた。
「少し借りる。」
二人は本部天幕へ入り、入口が閉じられる。
外の喧騒が遠ざかると、ハルントは懐から一通の命令書を取り出し、机の上へ静かに置いた。
ダリウスは書類へ目を通しながら眉を寄せる。
「カルドニア第八位……ゼクト・ヴァルガン。」
「南方方面本部を発ち、こちらへ向かっている。」
ハルントは壁へ掛けられた北方地図を見つめながら続けた。
「兵站部隊に動きはない。本軍も増強されていない。超越者一人で戦争を始めるとは考えにくい。」
ダリウスも自然と地図へ視線を移す。
学生たちの実習区域。
第四騎士団の警備配置。
ノルガルト侯国側の砦。
それらを見比べ、小さく息を吐いた。
「目的は別にありますか。」
「おそらくな。」
ハルントは学生たちの配置図を机へ広げる。
「奴が見に来るのはリリアだけではない。」
「二年Sクラス全体……いや、アルディア王国の次代を担う人材だ。」
その言葉にダリウスは静かに頷く。
敵国にとって、将来騎士団を率いる可能性がある若者たちを直接観察できる機会など滅多にない。
それが偶然重なったとは、とても思えなかった。
「だからといって予定は変えん。」
ハルントは資料を畳み、落ち着いた声で告げる。
「学生たちには何も知らせるな。実習も予定どおり進めろ。」
「こちらだけが警戒する。」
「私も実習期間中、この周辺の巡察を続ける。」
短い命令だった。
しかし、その意味は十分すぎるほど伝わっていた。
戦場は、まだ静かだった。
だが、その静けさの裏では、敵も味方も互いの一手を探り合う戦いが、すでに始まっていた。




