Sクラス前線到着
場面は変わり、アルディア王国北方戦線。
二年Sクラス十三名を乗せた軍用馬車は街道を北へ進み続け、昼過ぎには第七監視砦へ到着した。
砦といっても王都を守る巨大な城とは異なる。
厚い石壁と幾重にも巡らされた木柵。その周囲には深い堀と逆茂木が築かれ、城壁の上では弓兵たちが絶えず国境方面を監視している。
砦の内側では補給部隊が荷馬車から食料や武器を運び出し、鍛冶場では鎚を打つ音が響く。治療所には負傷兵が列を作り、巡回を終えた兵士たちが次々と報告へ訪れていた。
最前線まであと一歩。
この場所そのものが、一つの巨大な軍事拠点だった。
馬車が停止すると、周囲にいた兵士たちの視線が一斉に集まる。
「来たか。」
「騎士学校の学生だ。」
「噂のSクラスらしい。」
小さな声があちこちから聞こえてくる。
もっとも、その視線に侮りはない。
王立騎士学校二年Sクラス。
一般兵を上回る実力を持ち、各地の実習でも着実に戦果を挙げてきたことは北方軍にも伝わっていた。
中でも首席リリアの名は、一年時の東方戦線での戦果により、北方軍の将校や古参兵の間では広く知られている。
だから兵士たちが見ているのは、学生ではない。
未来の席持ち候補。
あるいは、いずれ自分たちの上官となるかもしれない若者たちだった。
「ここが前線かぁ。」
馬車を降りたリリアは、興味深そうに砦を見渡した。
王都とはまるで違う空気に目を輝かせ、城壁の上や並ぶ軍幕へ次々と視線を向けていく。
「思ってたより大きいね。」
「姫。」
すぐ隣へ立ったアレスが荷物へ手を伸ばした。
「お荷物は私がお持ちします。」
「自分で持てるよ。」
「しかし……。」
「アレス。」
リリアは苦笑しながら首を横へ振る。
「実習なんだから。」
その一言で、アレスも引き下がるしかなかった。
その様子を見ていたレオンが肩を震わせる。
「また断られてる。」
「……余計なお世話です。」
真面目に返すアレスへ、ヴィクトルが苦笑し、エミリアも口元を隠して笑っていた。
そんな賑やかなやり取りを横目に、クリスティーナとノアはすでに周囲を観察している。
兵士の配置。
見張り台の数。
補給倉庫の位置。
負傷兵が運ばれる導線。
砦全体を見回すだけで、この拠点が常に実戦を想定して機能していることが伝わってきた。
「さすが最前線ね。」
クリスティーナが小さく呟く。
「無駄な配置が一つもない。」
ノアも静かに頷いた。
「積み重ねてきた経験が、そのまま形になっている。」
その時、砦本部から一人の男が歩いてきた。
四十代半ば。
日に焼けた顔には古傷が刻まれ、その立ち姿からは長年最前線を守り続けてきた軍人だけが持つ威圧感が漂っている。
男は十三人の前で足を止めた。
「よく来た。」
低く落ち着いた声だった。
「私は第七監視砦守備隊長、ダリウス・フェンネル。今回、お前たちの実習を担当する。」
十三人は揃って敬礼する。
ダリウスはその姿を見渡し、小さく頷いた。
「話には聞いていたが、なるほど。」
「礼節も身に付いている。これなら余計な心配はいらんな。」
兵士たちも静かに頷く。
Sクラスは強い。
それだけではなく、軍人として必要な規律も備えていることが、一目で伝わってきた。
ダリウスは砦の北側へ視線を向ける。
「あの先がノルガルト侯国との国境だ。距離にして五キロほどしかない。」
「今日は砦の案内と任務説明を行う。明日から各班に分かれ、巡回、警戒、補給支援へ入ってもらう。」
学生たちの表情が自然と引き締まる。
いよいよ実戦に最も近い実習が始まる。
その空気を破るように、砦の門から一頭の軍馬が土煙を巻き上げながら駆け込んできた。
「伝令!」
門兵の声が砦中へ響き渡る。
馬上の兵士は止まると同時に飛び降り、そのままダリウスの前まで駆け寄った。
「第四騎士団本部より伝令!」
「総隊長命令書をお届けします!」
周囲の兵士たちの表情が変わる。
ダリウスも真剣な面持ちで命令書を受け取り、その場で封を切った。
読み進めるにつれ、その目がわずかに細められる。
やがて静かに書状を閉じた。
「……そういうことか。」
誰へともなく呟いた後、伝令兵へ視線を向ける。
「第四席は。」
「すでにこちらへ向かわれています。」
その報告に、砦の兵士たちの間へ小さなどよめきが広がった。
第四騎士団第四席。
北方軍では知らぬ者の少ない実力者が、この第七監視砦へ向かっている。
その事実だけが、この静かな前線で何かが動き始めたことを物語っていた。




