カルドニアの目的
本営の天幕には静かな緊張が漂っていた。
ハルヴォ・グレイゼンは資料を机へ置くと、壁一面に広げられた北方地図へ視線を移す。
ノルガルト侯国との長い国境線には、第七監視砦をはじめとする監視拠点、補給基地、前線要塞が細かく書き込まれ、各所には最新の部隊配置を示す駒が並んでいた。
しばらく誰も口を開かない。
副長は学生実習の配置図を見つめ、参謀はカルドニア軍の布陣と照らし合わせながら静かに考え込んでいた。
やがて、副長が口を開く。
「学生実習の時期と、『黒雷』ゼクト・ヴァルガンの前線移動が重なっています。」
参謀も頷いた。
「偶然とは考えにくいでしょう。」
ハルヴォは腕を組んだまま地図を見つめ続ける。
「目的はリリア一人ではあるまい。」
その一言に、副長と参謀も静かに頷いた。
「ええ。」
「アルディア王立騎士学校全体を見るつもりでしょう。」
参謀は学生配置図へ目を落とす。
「実習へ出ているのは二年Sクラスだけではありません。AクラスからDクラスまで、それぞれ各前線へ配置されています。」
副長が言葉を継いだ。
「将来、王国軍を率いる人材がどれほど育っているか。それを見極めるには、これ以上ない機会です。」
ハルヴォは小さく頷く。
「カルドニアらしい。」
静かな声だった。
「目先の戦だけでは終わらん。十年先、二十年先を見据えて手を打つ国だ。」
短い沈黙が流れる。
やがてハルヴォは地図の一点へ指を置いた。
そこは学生たちが実習を行う第七監視砦だった。
「第四席は現在どこにいる。」
副長は即座に答える。
「現在、第七監視砦へ駐留しております。」
「呼び戻す必要はない。」
ハルヴォは静かに首を振った。
「そのまま巡察任務へ就かせろ。」
副長は総隊長の意図を理解する。
「学生実習区域の巡察ですね。」
「ああ。」
ハルヴォは頷いた。
「護衛ではない。通常任務として巡察させろ。」
「敵に余計な警戒心を与える必要はない。」
「承知しました。」
副長はすぐに伝令兵を呼ぶ。
「第四席へ伝令。」
兵士が敬礼する。
「第四席ハルント・イスへ伝えろ。」
「総隊長命令。直ちに学生実習区域の巡察任務に就け。任務名目は通常巡察。それ以外は口外するな。」
「はっ!」
伝令兵は踵を返し、天幕を飛び出していった。
その背を見送りながら、ハルヴォは再び北方地図へ視線を戻す。
「ゼクト・ヴァルガン……。」
静かな呟きが漏れる。
「お前が何を見に来るのかは分からん。」
「だが、こちらも黙って見られるつもりはない。」
北方方面軍総司令部は、誰にも気付かれることなく、静かに次の一手を打ち始めていた。




