高揚感
「ランキング戦を申し込む」
その言葉が落ちた瞬間、それまで賑やかだった教室が静まり返った。
誰もが二人を見ている。
ランキング戦の解禁初日。しかも十一位と十二位という、わずか一つの順位を争う対戦だ。生徒たちの興味を引くには十分すぎた。
「おい……本気か?」
「初日から始まるのかよ」
「アルディア騎士学校らしくていいじゃねぇか」
静寂の中から、次第にざわめきが広がっていく。
ワルにとって、その反応は心地よいものだった。
ようやく皆が自分を見ている。
査定結果の発表が終わってから、周囲で聞こえてきたのはレインの名前ばかりだった。授業でも、訓練でも、食堂でも、気づけば誰かがレインの話をしている。
「俺に?」
レインが顔を上げた。
「そうだ」
ワルは正面からその視線を受け止める。
「受けるだろう?」
数十人の視線が集まる中、レインは驚くほどあっさりと頷いた。
「別に構わないけど」
その返答に、教室が再びざわついた。
だが、ワルの胸に湧いたのは喜びではない。
また、その顔だ。
焦りもなければ、緊張した様子もない。自分から挑戦を受けることなど、大したことではないとでも言いたげな態度だった。
それが気に入らなかった。
村出身の平民でありながら成績は優秀。誰に対しても愛想がよく、女子生徒からも人気があり、周囲には自然と人が集まる。
そんな光景を見るたびに、胸の奥がざわついた。
本来、評価されるべきなのは強い者だ。
剣で勝てる者。
魔法で勝てる者。
戦いの最後まで立っている者こそが、上にいるべきなのだ。
それなのに、特別強そうにも見えない平民が、自分より一つ上にいる。
その事実が、どうしても我慢できなかった。
「放課後だ」
ワルは低い声で告げた。
「訓練場で待っている」
「分かった」
レインの返事は、相変わらず淡々としていた。
その態度に苛立ちながらも、ワルの胸には同時に強い高揚が広がっていた。
三か月の間に積み重なった不満へ、ようやく決着をつけられる。
ワルが踵を返すと、背後から興奮した声が聞こえてきた。
「絶対に見に行くぞ」
「今年最初のランキング戦だからな」
「しかも上位同士だぞ」
「Aクラスの連中も来るんじゃないか?」
その言葉に、ワルの足が一瞬止まった。
Aクラス。
確かに、あり得ない話ではない。
ランキング戦の解禁初日に行われる、Bクラス上位同士の対戦だ。噂が広がれば、他のクラスから観戦に来る者がいても不思議ではない。
Bクラス上位のアルベルトやアイザックが観客席にいる可能性もある。
そう考えた瞬間、胸の奥が熱くなった。
ワルの脳裏に、放課後の訓練場が浮かぶ。
観客席を埋める生徒たち。
AクラスやBクラスの上位者。
そして試合を見守る教官たち。
その全ての視線を浴びながら、自分は剣を構える。
試合が始まれば、レインは防戦一方になる。成績がよかろうが、女子生徒から人気があろうが関係ない。
最後にものを言うのは、純粋な実力だ。
そして勝つのは、自分だ。
歓声が上がる。
教官たちは自分への評価を改める。
Aクラスの生徒たちも、その実力を認める。
今までレインを見ていた者たちが、今度は自分を見る。
視線の中心に立つのは、レインではない。
ワル・フォン・ベルグだ。
想像するだけで、自然と口元が歪んだ。
試合が待ち遠しい。
これほど胸が高鳴るのは、久しぶりだった。
だが、ワルが思い描く光景と、現実との間には少しだけずれがあった。
レインは、決して教室の中心人物ではない。
成績はよいが、全ての分野で飛び抜けているわけではなかった。実技で最も強いわけでもなければ、座学で首席を取っているわけでもない。
女子生徒から声を掛けられることは多いが、本人はむしろ目立つことを避けている。
周囲の評価も、ワルが考えているほど特別なものではなかった。
ただ、ワルの目にはレインばかりが映っていた。
気になって仕方がないからだ。
嫉妬や敵意は、時に人の視野を狭くする。
レインが特別目立って見えるのは、誰よりも目立っているからではない。
ワル自身が、誰よりもレインを見ていたからだった。
当のレインは、そんなことなど知る由もない。
すでに教材を鞄へ片づけ終え、普段と変わらない様子で席を立つ準備をしていた。
「お前、大丈夫か?」
ロイが心配そうに声を掛ける。
「何が?」
「何がじゃねぇよ。ランキング戦だぞ?」
レインは少し考えた後、本当に不思議そうな顔で答えた。
「受けた以上は頑張るよ」
「そういう意味じゃねぇんだよ……」
ロイは深いため息をつきながら頭を抱えた。
教室中が試合の話で盛り上がり、ワルは一人で闘志を燃やしている。
それなのに、当事者の片方だけは、どこまでも普段どおりだった。




