悪意
ホームルームが終わると、生徒たちは一斉に席を立った。
第一回査定という大きな山を越えたことで、先ほどまで張り詰めていた教室の空気は一変している。
「一位は、やっぱりアルベルトか」
「二位のアイザックも強いからな」
「上位はだいたい予想どおりだったな」
教室のあちこちで、査定結果についての話が飛び交っていた。
もっとも、発表された順位がこのまま固定されるわけではない。むしろ、本当の競争は今日から始まる。
ランキング戦が解禁されれば、順位は実力次第で大きく動く。だからこそ、生徒たちの関心は自然と上位陣や、これから誰が誰へ挑むのかという話へ向いていた。
「三十位かぁ……」
ロイが椅子に座ったまま、大きく伸びをする。
「妥当だろ」
隣にいたガレスが、呆れたように言った。
「妥当じゃない。せめて二十位台には入りたかった」
「だったら、座学を真面目にやれ」
「それを言うな。難しいんだよ」
ロイが本気で顔をしかめると、近くで聞いていた生徒たちから笑い声が漏れた。
三か月前なら、まだ互いに遠慮もあっただろう。だが今では、こうしたやり取りもすっかり日常の一部になっている。
レインは二人の会話を聞き流しながら、机の上に広げていた教材を鞄へ片づけていた。
十一位。
少し高い気もするが、目立ちすぎるほどではない。十分に許容できる順位だろう。
「レインは十一位か」
ロイが振り返る。
「思ったより高かったな」
「そうか?」
「そうだろ」
すると、近くの席にいた男子生徒が会話へ加わった。
「俺は十位以内に入ると思ってたけどな」
「実技も安定してるし、座学も上位だろ」
「集団訓練でも、結構結果を出してたしな」
周囲からも同意する声が上がった。
しかし、レイン本人はそれほど興味がないように肩をすくめるだけだった。
その時だった。
「レイン君」
女子生徒の声が聞こえ、レインがそちらを振り返る。
数人の女子生徒が、揃ってこちらへ歩いてきていた。
「十一位、おめでとう」
「やっぱりすごいよね」
「今度、また勉強を教えてよ」
次々と声を掛けられ、レインは少し困ったように笑った。
注目されるのは好きではない。
だが、だからといって相手を無下に扱う性格でもなかった。
「もちろん。都合が合う時でよければ」
そう答えると、女子生徒たちは嬉しそうに顔を見合わせた。
「約束だからね」
「今度は絶対だよ」
楽しそうに話しながら去っていく後ろ姿を見送り、ロイが心底羨ましそうに呟いた。
「羨ましい……」
「何がだ」
「全部だ」
迷いのない即答に、周囲で再び笑いが起こる。
レインは、入学した頃から女子生徒たちの間で人気があった。
整った顔立ちに、誰に対しても穏やかな態度。座学の成績も良く、実技でも安定して結果を残している。
本人にはまったく自覚がないようだが、女子生徒たちから見れば、声を掛けやすく、頼りにもなる存在なのだろう。
しかし、その光景を面白く思っていない者がいた。
ワル・フォン・ベルグ。
第一回査定順位は十二位。
レインとの差は、わずか一つだった。
ワルは自分の席に座ったまま、無言でその様子を見つめていた。
面白くない。
ひどく、面白くなかった。
教室で聞こえてくるのは、レインを褒める声ばかりだ。授業でも、訓練でも、食堂でも、気づけば誰かがレインの話をしている。
順位の差は、たった一つ。
それなのに、周囲の反応はまるで違っていた。
自分には誰も声を掛けない。
剣術でも魔法でも、自分の方が上だとワルは信じている。それでも女子生徒たちは自分には見向きもせず、レインには笑顔を向けていた。
なぜだ。
ワルは奥歯を噛み締めた。
南部の村出身の平民。
実技訓練で圧倒的な力を見せたこともない。特別強そうにも見えない男が、自分より上の順位にいて、周囲から評価されている。
その事実が、どうしても我慢できなかった。
顔か。
成績か。
それとも、誰にでも愛想よく接するあの態度か。
どれもくだらない。
そう切り捨てようとするほど、胸の奥で苛立ちが膨らんでいく。
その時、先ほどバルトが告げた言葉が脳裏をよぎった。
――本日から、ランキング戦を解禁する。
ワルの口元が、わずかに歪んだ。
そうだ。
不満があるなら、証明すればいい。
どちらが上なのか。
どちらが強いのか。
この学校には、それを決めるための制度がある。
ワルは静かに席を立った。
その動きに近くの生徒が気づき、何人かが会話を止める。
だが、ワルは周囲の視線など気にも留めず、真っ直ぐレインの席へ向かって歩き始めた。
ざわついていた教室が、少しずつ静かになっていく。
ランキング戦が解禁された初日。
十二位のワルが、十一位のレインへ向かっている。
これから何が起きるのか、説明されなくても誰にでも分かった。
やがてワルは、レインの机の前で足を止めた。
レインが顔を上げる。
二人の視線がぶつかった。
数秒の沈黙。
いつの間にか、教室から話し声は完全に消えていた。
「レイン・クロード」
ワルがゆっくりと名前を呼ぶ。
その声には、隠そうともしない敵意が滲んでいた。
レインは何も答えず、続きを待つ。
ワルはわずかに口角を吊り上げた。
「ランキング戦を申し込む」
その瞬間、静まり返っていた教室が大きくざわめいた。




