解禁
入学から三か月。
王立騎士学校での生活にも、生徒たちはすっかり慣れていた。
朝の体力訓練から始まり、午前は座学、午後は実技訓練。その後も、日が暮れるまで自主訓練に励む。初めの頃は厳しい日程に不満を漏らしていた者たちも、今ではそれを当たり前のものとして受け入れている。
三か月という時間は、短いようで決して短くない。
誰が剣に秀でているのか。誰が魔法を得意としているのか。座学に強い者は誰で、集団訓練では誰が周囲を動かせるのか。
同じ教室で学び、同じ訓練場で汗を流していれば、互いの実力は嫌でも見えてくる。
そして同時に、自分がこのクラスのどこにいるのかも分かり始めていた。
その日の一年Bクラスには、普段とは違う緊張が満ちていた。
雑談を交わす者はいる。だが、どの会話も長くは続かず、生徒たちの意識は何度も教壇へ戻っている。
理由は一つだった。
第一回総合査定。
入学から三か月間の成績、実技、訓練への取り組み、教官からの評価。それらをまとめた、初めての査定結果が発表される日である。
やがて教室の扉が開いた。
入ってきたのは、担任のバルトだった。
元第四騎士団第十席。
今ではその肩書きを耳にしても驚く者は少なくなったが、教室へ入ってくるだけで空気が引き締まるところは、三か月前から変わっていない。
バルトは教壇へ立つと、生徒たちを一度見渡した。
「静かにしろ」
短い一言で、わずかに残っていた話し声まで消える。
「今日、お前たちの第一回査定結果を発表する」
誰も口を開かなかった。
結果を気にしていない者など、この教室には一人もいない。
バルトはしばらく生徒たちの顔を見回した後、手にしていた紙を教卓へ置いた。
「その前に、一つ伝えておく」
生徒たちの視線が集まる。
「本日から、ランキング戦を解禁する」
教室が一気にざわついた。
ようやく始まる。
多くの生徒の顔に、そんな期待が浮かんでいる。
ランキング戦。
王立騎士学校を象徴する制度の一つだ。
これまでは授業や訓練を受け、教官から評価されるだけだった。だが今日からは、自ら上位者へ挑み、実力で順位を奪うことができる。
「挑戦できるのは、クラス内で自分より五つ上の順位まで。挑戦を受けた側に、原則として拒否権はない」
バルトは淡々と規則を告げる。
「教師の立ち会いの下で行うが、怪我をしない保証はない。回復魔法があるからといって、無茶をするな」
そこで目つきが鋭くなった。
「審判が止める前に致命傷を負うこともある。遊びのつもりで挑むな」
冗談ではない。
その場にいる全員が、すぐに理解した。
実際の戦場を知る男の言葉だからこそ、軽く受け流せる者はいなかった。
「では、発表する」
教室が再び静まり返る。
バルトは紙へ視線を落とした。
「第一回総合査定順位」
誰かが息を呑んだ。
上位から順に、名前が読み上げられていく。
一位。
二位。
三位。
名前が呼ばれるたび、教室のあちこちで小さな反応が起こった。予想どおりだと頷く者がいれば、意外そうに顔を上げる者もいる。
三か月前の暫定順位とは違う。
入学試験の結果だけでなく、座学、実技、授業態度、集団訓練での振る舞いまで、すべてが見られていた。
当然、順位にも変動が出る。
レインは席に座ったまま、静かに発表を聞いていた。
順位に興味がないわけではない。
ただ、高い順位を望んでいるわけでもなかった。
高すぎれば目立つ。かといって、実力に見合わないほど低ければ、それはそれで不自然に見える。
できれば、誰からも注目されない中ほどに収まっていてほしい。
だが、その願いは叶わなかった。
「十一位。レイン・クロード」
名前を呼ばれ、レインは軽く手を挙げた。
周囲から小さなどよめきが漏れる。
予想していたより高い。
そんな反応が多かった。
レイン自身も、わずかに眉を寄せる。
――少し高すぎるな。
もう少し下でもよかった。
「十二位。ワル・フォン・ベルグ」
続けて名前が呼ばれた瞬間、教室の空気がわずかに動いた。
「はい」
返事をしたワルの眉が、ほんの僅かに動く。
子爵家の次男であるワルは、剣術と魔法だけならBクラスでも上位に入る実力を持っていた。実技訓練では何度も好成績を残しており、本人も上位に入ることを疑っていなかったはずだ。
だが、学科の成績が低い。
その弱点が、総合査定の順位へ表れていた。
そして何より、レインの一つ下だった。
たった一つの差。
しかし、ワルにとっては無視できない差だった。
発表はそのまま続いていく。
「十八位。ガレス・ハイン」
「はい」
ガレスが短く返事をする。
「二十二位。エリオット・フェルナー」
「はい」
エリオットは普段と変わらない落ち着いた声で応じた。
「三十位。ロイ・バートン」
「三十位かぁ……」
ロイが天井を仰ぎながら頭を掻く。
そのあまりに分かりやすい反応に、教室のあちこちから笑い声が起こった。
本人は不満そうだったが、周囲にとっては三か月ですっかり見慣れた、ロイらしい態度だった。
全員の順位が発表される頃には、教室中が査定結果の話で持ちきりになっていた。
誰が上がった。
誰が下がった。
あの順位は予想外だ。
誰へ挑戦するか。
そんな声が、あちこちから飛び交っている。
「以上だ」
バルトの声が響き、生徒たちが再び教壇へ目を向けた。
彼は騒がしくなった教室を見渡すと、珍しく口元をわずかに緩めた。
「今日からが本番だぞ」
短い一言だった。
だが、その意味を理解できない者はいない。
査定結果は出た。
しかし、順位が決まったわけではない。
ランキング戦が始まれば、ここから序列は大きく動く。
教室のあちこちで視線が交差した。
挑戦する相手を探す者。
上位にいることで、挑まれることを警戒する者。
すでに次の戦いは始まっていた。
そんな中でも、レインだけは普段と変わらない様子で机の上を片づけていた。
そして、その姿をじっと見つめる者がいた。
ワル・フォン・ベルグ。
机の下で、握り締めた拳に力がこもる。
納得できなかった。
剣術なら負ける気はない。
魔法でも、自分の方が上だと確信している。
少なくとも実技だけを見れば、自分がレインより下に置かれる理由などないはずだった。
それなのに、結果は違った。
レイン・クロード。
南部の村出身の平民。
普段は目立たず、実技訓練でも圧倒的な力を見せたことはない。特別強そうにも見えない男が、自分より一つ上にいる。
その事実が、どうしても我慢できなかった。
ワルは静かに席を立つ。
ランキング戦。
三か月の間に積み重なった不満をぶつけ、間違った順位を正すには、これ以上ない制度だった。
――まずは、あいつだ。
レイン・クロード。
その名を胸の内で繰り返しながら、ワルは静かに闘志を燃やしていた。




