ルームメイト
荷物の整理が一段落した頃、短髪の少年が椅子から立ち上がった。
「せっかくだし、改めて自己紹介でもするか。これから同じ部屋で暮らすんだ。名前だけじゃなく、少しくらい互いのことを知っておいた方がいいだろ」
反対する者はいなかった。
同室になる相手がどんな人間なのか、早いうちに知っておいて損はない。
少年は自分の胸を軽く叩いた。
「ガレス・ハイン。北部の国境都市グランツ出身だ」
「国境都市か」
その言葉に、ロイが興味を示した。
「北部ってことは、魔獣も出るし、隣国との小競り合いも多い場所だよな?」
「ああ。街の外へ出れば魔獣は珍しくない。冬になると警備も厳しくなるし、国境で揉め事が起きることもある」
ガレスの口調に、特別な緊張はなかった。
おそらく彼にとっては、魔獣も国境の争いも身近なものなのだろう。
「小さい頃から、兵士や騎士を見る機会は多かった。それに、兄貴が王国騎士団にいる」
その一言に、三人の視線が自然と集まった。
ガレスは少しだけ表情を和らげる。
「昔から兄貴の背中を見て育った。だから俺も騎士になる。いつかは、故郷を守る側に立ちたいんだ」
迷いのない言葉だった。
ただ兄へ憧れているだけではない。魔獣の脅威も、戦争の気配も身近に知っているからこそ、自分も街を守る側へ立ちたいと考えているのだろう。
「いいな」
ロイが素直に笑う。
「目標が分かりやすくて」
「お前は違うのか?」
「俺か?」
問い返したロイは、少しだけ考えた後、あっさりと答えた。
「親父より偉くなりたい」
部屋が一瞬だけ静かになった。
やがてガレスが吹き出し、エリオットも口元を緩める。
「いや、本気だぞ?」
ロイは慌てて言葉を重ねた。
「親父は商会の護衛隊長をしてるんだ。子供の頃からずっと強かったし、尊敬もしてる。でも、どうせなら追いつくだけじゃなくて、いつかは超えたいだろ?」
その言葉を聞き、ガレスは納得したように頷いた。
「それも立派な理由だな」
「だろ?」
ロイは満足そうに笑った。
その明るさのおかげか、初対面の四人が集まっていた部屋の空気も、少しずつ和らいでいく。
「次は私ですね」
眼鏡の少年が立ち上がった。
「エリオット・フェルナーです。王都にある男爵家の三男になります」
丁寧な口調だったが、貴族らしく気取った様子はない。
「三男なので、家督を継ぐ予定はありません。上の兄は文官に、もう一人の兄は騎士団へ進みました。私も自分の道を見つける必要があり、それでこの学校を受験しました」
「騎士団を目指してるのか?」
ガレスが尋ねると、エリオットは少し困ったように笑った。
「それは、まだ分かりません。剣術はあまり得意ではありませんから」
そう言って眼鏡の位置を直す。
「ただ、魔法理論や学科には自信があります。特に戦術と地理は好きですね」
好きな話題に触れたためか、そこから先は少しだけ口調が速くなった。
「騎士団には前線で戦う部隊だけでなく、補給や情報を担当する部署もあります。地図の作成や魔法の解析、作戦を立案する参謀職も重要ですし、敵軍や地形について正確な情報がなければ――」
しばらく話したところで、エリオットは三人が自分を見ていることに気づいた。
「……すみません。こういう話になると、つい長くなってしまって」
「いや、面白かったぞ」
ガレスは素直に答えた。
「俺は、そういう話が苦手だからな」
「俺もだ」
ロイが間髪を入れずに同意し、再び小さな笑いが起きる。
「じゃあ、次は俺だな」
その空気のまま、ロイが立ち上がった。
「ロイ・バートン。南部の交易都市ベル出身だ。親父は商会の護衛隊長をしてる」
明るい声で名乗ると、それだけで場の空気がさらに軽くなった。
「子供の頃から荷馬車の周りで遊んでたから、剣や弓は見慣れてる。実際に使えるかどうかは、また別の話だけどな」
「商会の護衛は危険な仕事だろ」
ガレスが興味深そうに尋ねる。
「危ない時は危ないらしい。盗賊も出るし、魔獣に襲われることもある。親父は詳しい話をあまりしたがらないけどな」
ロイは肩をすくめた。
「だから俺も強くなって、いつか親父を超えたい。それが騎士学校へ来た理由だ」
「大事だな。親父越え」
ガレスが真剣な顔で頷く。
「立派な目標だと思います」
エリオットまで真面目に同意したため、今度はロイの方が少し驚いていた。
やがて三人の視線が、最後に残った一人へ向けられる。
レインだった。
「レイン・クロードです」
短く名乗った。
必要以上のことは話さない。それが昔からの癖だった。
「南部の村で育ちました。剣と魔法は、近くの駐屯地にいた騎士の方から少し教わっています」
もちろん、すべてが本当というわけではない。
だが、完全な作り話でもなかった。適度に事実を混ぜておいた方が、余計な疑いを持たれにくい。
「村出身でBクラスか」
ガレスが感心したように言った。
「相当努力したんだな」
「努力はしました」
レインは曖昧に答える。
「それと、少しだけ才能があったのかもしれません」
「少し教わっただけでBクラスに入れるなら、十分すごいと思うけどな」
ロイが何気なく言った。
「そうかな?」
「そうだろ。普通なら、もう少し喜ぶぞ。村出身でBクラスなんだから」
ロイは不思議そうにレインの顔を見つめている。
その視線を受けながら、レインは平然とした表情を保った。
内心では、ほんの少しだけ警戒を強める。
ロイは特別鋭いわけではない。
ただ、人の態度や空気の違いを感覚的に拾うところがある。本人も意識していないのだろうが、人を見る目は悪くないのかもしれない。
もっとも、ロイはすぐに追及をやめ、笑いながら寝台へ腰を下ろした。
「まあ、いいか。これから長く同じ部屋で暮らすんだ。そのうち分かるだろ」
「大したことは出てこないと思うけど」
レインがそう返すと、ロイはますます楽しそうに笑った。
「それを決めるのは俺たちだろ」
レインは小さく息を吐いた。
少なくとも、今すぐ深く探られる心配はなさそうだった。
ガレスは改めて部屋にいる全員を見回すと、自分を指差した。
「国境都市育ち」
次にエリオットへ視線を向ける。
「王都の男爵家」
続いてロイを見る。
「交易都市の護衛隊長の息子」
最後にレインへ視線を移した。
「南部の村出身」
「本当に共通点がありませんね」
エリオットが苦笑する。
確かにその通りだった。
育った場所も、家の立場も、騎士学校へ来た理由も違う。本来なら知り合う機会すらなかった四人だ。
だが、ロイだけは楽しそうに笑った。
「あるだろ」
三人がそちらを見る。
「全員、Bクラスだ」
一瞬の沈黙の後、四人は揃って笑った。
それだけで、今は十分だった。
自分たちがどのような道へ進み、どんな騎士になるのかは、まだ誰にも分からない。
それでも、同じ教室で学び、同じ寮で暮らし、これから多くの時間を共有していく。
四〇七号室での生活は、こうして始まった。




