寮
ホームルームが終わると、生徒たちは一斉に席を立った。
入学式から続いていた緊張が解けたのだろう。先ほどまで静かだった教室は、瞬く間に賑やかになっていく。順位表を囲んで話す者がいれば、これから始まる授業や訓練について語り合う者もいる。
ほとんどが初対面のはずだが、同じ難関を突破してこの教室へ集まった者同士だからか、会話のきっかけには困らないようだった。
バルトはそんな生徒たちを眺めながら、手元の出席簿を閉じた。
「騒ぐのは構わんが、部屋割りは見逃すなよ」
そう言って教室後方の掲示板へ一枚の紙を貼り出すと、生徒たちが一斉に動き始めた。
これから生活する部屋だ。同室になる相手が誰なのか、気にならない者はいない。
「行くか」
ロイが席を立ち、レインもその後に続いた。
掲示板の前には、すでに人だかりができていた。押し合うほどではないものの、誰もが少しでも早く自分の名前を見つけようと、背伸びをしながら紙を覗き込んでいる。
「四〇七号室……あった!」
先に名前を見つけたロイが声を上げた。
「レイン、お前も同じだぞ」
示された場所を確認すると、確かに二人の名前が並んでいる。
四〇七号室。
ロイ・バートン。
レイン・クロード。
さらに、その下には残る二人の名前も記されていた。
「同じクラスで固められてるみたいだな」
「その方が管理しやすいんだろ」
入学前に渡された案内書にも、似たような説明が書かれていた。同じクラスの生徒を同室にすることで、授業や集団訓練だけでなく、日常生活の中でも連携を深めさせる狙いがあるらしい。
やがて教員による案内が始まり、生徒たちは預けていた荷物を受け取って寮へ向かった。
校舎を出て、石畳の道を進んでいく。
その先に姿を現した建物を見て、多くの新入生が思わず足を止めた。
四階建ての大きな石造りの建物だった。
広い中庭を囲むように建てられた男子寮は、地方にある兵舎とは比較にならない規模を誇り、遠目には小さな砦のようにも見える。
「思ったより立派だな……」
ロイが感心したように呟く。
レインも内心では同意していた。
王都にある学校なのだから、それなりに整った施設だろうとは思っていた。だが、実際に目の前へ立ってみると、その大きさは想像以上だった。
男子寮と女子寮は、当然ながら別々の建物になっている。
さらに、Sクラスの生徒だけは専用の寮を使うらしい。AからDクラスまではこの建物を共同で利用し、一年生だけでなく二年生も同じ場所で生活する。
「Sクラスだけ別か」
近くを歩いていた生徒が、寮を見上げながら呟いた。
「授業内容も違うらしいぞ」
「学外訓練や、特別な任務にも参加するって聞いた」
周囲から、そんな噂話が聞こえてくる。
もっとも、今のレインには関係のない話だった。
寮のロビーへ入ると、待っていた寮監から生活上の規則を説明された。
部屋は四人部屋。
消灯は二十三時。
問題が起きた場合は、すぐに寮監へ報告すること。
説明は驚くほど簡潔だった。
細かなことは自分たちで考えろということなのだろう。騎士学校らしいと言えば、確かに騎士学校らしかった。
一通りの説明が終わると、生徒たちは荷物を抱え、それぞれの部屋へ散っていった。
四〇七号室は、四階の角部屋だった。
扉を開けると、すでに二人の生徒が到着している。
一人は短く切り揃えた髪に、日に焼けた肌を持つ少年だった。制服の上からでも分かるほど体が鍛えられており、いかにも前衛を志望していそうな雰囲気がある。
もう一人は眼鏡を掛けた細身の少年で、こちらは剣士というより、学者や文官の方が似合いそうな落ち着いた印象だった。
短髪の少年が二人を見ると、椅子から立ち上がった。
「同室か」
「そうみたいだな」
ロイが答えると、少年は短く頷いた。
「ガレンだ。よろしく頼む」
続いて、眼鏡の少年も立ち上がる。
「エリオットです。よろしくお願いします」
自然な流れで自己紹介が始まり、レインとロイもそれぞれ名乗った。
これから同じ部屋で生活する相手だ。必要以上に気を遣うつもりはないが、初日から気まずい関係になるよりは、早いうちに話しておいた方がいい。
四人はそれぞれ割り当てられた寝台や棚へ荷物を運び、整理しながら他愛のない会話を続けた。
やがて、話題は自然と卒業後の進路へ移っていく。
「二人は騎士団志望か?」
荷物を棚へ押し込みながら、ガレンが尋ねた。
ロイは少しだけ考えてから頷く。
「まあな。せっかく騎士学校へ入ったんだ。目指せるなら、王国騎士団を目指したい」
「俺もだ」
ガレンは迷いなく答えた。
「兄貴が王国騎士団にいる。いつか追いつきたいんだ」
その言葉には、すでにはっきりとした目標があった。
一方、エリオットは困ったように笑いながら首を振る。
「私は、前線向きではありませんから」
三人の視線が自然と集まった。
「剣も魔法も平均以下です。騎士団へ入れたとしても、後方勤務になるでしょうね」
エリオットは自嘲するでもなく、事実を説明するように肩をすくめた。
ガレンは少し意外そうな顔をしたが、レインは特に気にならなかった。
「別に、それでいいだろ」
自然と口から言葉が出た。
「戦争は、剣だけでやるものじゃない」
三人がレインを見る。
「補給を管理する人間がいる。作戦を考える人間がいる。情報を集める人間もいる。どれか一つ欠けても、軍はまともに動かない」
戦場では、どうしても前線で剣を振るう者ばかりが目立つ。
だが実際には、その背後で何倍もの人間が動いている。兵糧や武器を運び、負傷者を治療し、敵の情報を集め、進軍する道を選ぶ。そうした者たちがいなければ、どれだけ強い騎士がいても戦い続けることはできない。
ガレンも納得したように頷いた。
「兄貴も似たようなことを言ってたな。飯が届かなきゃ、最強の騎士だって戦えないってさ」
その言葉に、エリオットは少しだけ安心したように笑う。
「バルト先生も、同じようなことを言っていましたね」
「今日聞いたばかりだけどな」
ロイが笑いながら口を挟むと、エリオットも釣られるように笑った。
王立騎士学校が育てようとしているのは、ただ強いだけの人間ではない。
前線で剣を振るう者がいる。部隊を率いる者がいる。補給を支える者がいれば、作戦を組み立てる者もいる。
それぞれが自分の役割を果たして、初めて一つの軍として機能する。
窓の外では、傾き始めた夕日が王都の街並みを赤く染めていた。
王立騎士学校での生活は、まだ始まったばかりだ。
二年後、自分たちがどこに立っているのか。
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。




