最前線の街
二日後。
レインとナルは再びアルディア王国へ入国していた。
国境を越えると、商人の荷馬車は減り、その代わりに軍の補給部隊が目立つようになっていた。食料や矢束、槍、盾、予備の鎧を積んだ荷馬車が絶え間なく北へ向かい、道端では束の間の休息を取る兵士たちの姿もある。時折、伝令の騎兵が土煙を巻き上げながら二人の脇を駆け抜けていった。
夕方、二人は最前線手前に築かれた城塞都市へ到着する。
厚い城壁に囲まれたその街は、商業都市というより軍事拠点だった。城門では兵士が一人ひとりの身分を確認し、街へ入れば鎧姿の兵士や補給部隊が慌ただしく行き交う。鍛冶場では昼夜を問わず鉄を打つ音が響き、補給倉庫の前では荷馬車から次々と物資が運び込まれていた。
宿へ入り、荷物を置いた二人は部屋で向かい合う。
ナルは地図を机へ広げた。
「ここから北がノルガルト侯国との最前線です。」
指先が国境線を静かになぞる。
「ただし、国境全域へ大軍を配置しているわけではありません。兵を集中的に置いている場所は限られています。それ以外は監視砦や補給拠点が点在している程度です。」
レインは地図へ目を落とした。
「騎士学校の実習も、その周辺なんですね。」
「ええ。学生が向かうのは補給拠点や監視砦です。主戦場へ送られることはありません。」
それを聞き、レインは小さく頷く。
だが、カルドニア王国第八位の超越者が動いている以上、その常識が通用する保証はなかった。
レインは懐からイゼルダに託された資料を取り出し、机へ置く。
「ナルさん。」
「はい。」
「この資料を最前線へ届けてください。」
ナルは資料へ視線を落とし、それからレインを見た。
「私一人で、ですか。」
「はい。僕が行けば、騎士学校の学生が勝手に前線へ近づいたことになります。でもナルさんなら傭兵として動けます。」
ナルは静かに頷いた。
「確かに、その方が自然ですね。」
「第四騎士団総隊長のもとへ届けられますか。」
「簡単ではありません。」
ナルは率直に答える。
「本営は警備が厳重です。普通に訪ねても取り次いでもらえないでしょう。」
「そこで学園長の名前を使ってください。」
レインは迷いなく続けた。
「アルディア騎士学校学園長、アレクシス・フォン・ヴァルハルトの使いだと伝えれば、話くらいは聞いてもらえると思います。」
ナルは納得したように微笑んだ。
「元騎士団総隊長の名ですか。確かに、それなら可能性はあります。」
レインが静かに頭を下げる。
「お願いします。」
「分かりました。何とか第四騎士団総隊長のもとへ届けてみます。」
ナルは資料を大切そうに懐へしまい、立ち上がった。
「今から向かいます。日が落ちる前なら、本営もまだ動いている時間でしょう。」
「では、僕は街を見て回ります。」
「お気をつけて。」
「ナルさんも。」
二人は宿の前で別れる。
ナルは最前線へ続く北門へ向かい、レインは街の中心へ足を向けた。
城塞都市の夕暮れに静けさはない。
補給部隊は夜の行軍に備えて荷馬車を整え、鍛冶場では赤く燃える炉が休むことなく鉄を打ち続ける。任務を終えた兵士たちは食堂へ流れ込み、入れ替わるように新たな部隊が北へ向かって歩き出していた。
レインはそんな光景を静かに眺める。
戦争はまだ始まっていない。
それでも、この街はすでに戦場の一部だった。




