表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄なのか?  作者: よろず
戦争準備編
PR
84/212

予定変更


「持っていきな。」


「ありがとうございます。」


レインは両手で受け取り、丁寧に懐へしまう。


「今日分かることは、こんなところだよ。これ以上は向こうで自分の目と耳を使いな。」


「はい。」


短い返事だった。


だが、その一言だけで十分だった。


誰かから聞いた情報だけで全てが分かるほど、戦場は甘くない。自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分で判断する。その積み重ねこそが、真実へ近づく唯一の道なのだとレインは理解していた。


立ち上がり、一礼して部屋を出ようとした時だった。


「おい。」


老婆が不意に呼び止める。


レインが振り返ると、老婆は少しだけ視線を伏せ、どこか懐かしそうに笑っていた。


「あの馬鹿が生きてるって分かっただけでも、今日は収穫だったよ。」


その横顔からは、先ほどまで情報屋として見せていた鋭さは消えていた。


レインも自然と笑みを浮かべる。


「今度、お酒でも持って会いに行ってみてください。師匠も喜ぶと思います。」


老婆は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに小さく笑った。


「そうかもしれないね。」


それだけ言うと、照れ隠しをするように手を振る。


「ほら、行きな。待たせてる相手がいるんだろ。」


「はい。」


レインは深く頭を下げ、部屋を後にした。


店へ戻ると、店番をしていた少女がぱっと顔を上げた。


「あ、終わった?」


「はい。色々ありがとうございました。」


「ううん、こっちこそ。」


少女はにこりと笑い、軽く手を振る。


「また来てね。」


「機会があれば、ぜひ。」


会釈を交わし、レインは魔導具店を後にした。


外へ出ると、夕陽は西の空へ大きく傾き、赤く染まった石畳を人々が行き交っている。


レインは宿への道を歩きながら、懐へしまった資料へ静かに手を添えた。


今回得られた情報は予想以上だった。


カルドニア王国第八位の超越者、『黒雷』ゼクト・ヴァルガンがアルディア王国との前線へ向かったこと。


そして、その周辺が近いうちにアルディア騎士学校の実習先となること。


二つの情報が無関係とは思えなかった。


一度、現地を自分の目で確かめる必要がある。


そう考えているうちに宿へ到着した。


扉を開けると、一階の食堂は夕食時ということもあり、多くの旅人や商人で賑わっている。


その奥ではナルが一人、静かに食事を取っていた。


レインの姿に気付くと、穏やかに笑みを浮かべる。


「お帰りなさい。」


「お待たせしました。」


向かいへ腰を下ろすと、ナルが静かに尋ねた。


「何か収穫はありましたか。」


レインは周囲へ一度だけ視線を巡らせる。


誰もこちらを気にしてはいない。


だが、話す内容を考えれば、この場は相応しくなかった。


「部屋で話しましょう。」


「分かりました。」


食事を終えた二人は部屋へ戻る。


扉を閉めると、レインは懐から資料を取り出し、机の上へ広げた。


「予想以上でした。」


その一言でナルの表情が引き締まる。


「カルドニア王国第八位の超越者、『黒雷』ゼクト・ヴァルガンがアルディア王国との前線へ移動したそうです。」


「……第八位ですか。」


ナルから笑みが消えた。


「知っているんですか。」


「名前だけは。」


ナルは静かに頷く。


「カルドニア王国には知り合いもいます。噂程度なら耳に入りますが、その人物が前線へ出たとなると話は別です。」


レインはイゼルダから聞いた話を順を追って説明した。


ゼクトが前線へ向かったこと。


その場所がアルディア騎士学校の実習予定地に近いこと。


そして、イゼルダが危険視していた理由も含め、聞いた内容を余すことなく伝える。


話を聞き終えたナルは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「偶然とは思えませんね。」


「僕もそう思います。」


カルドニア王国ほどの大国が超越者を動かす以上、何らかの意図があるはずだった。


それが何なのかは、まだ分からない。


ナルは静かに資料を閉じた。


「それで、どうしますか。」


レインは迷うことなく答える。


「予定を変えます。」


「前線ですね。」


「はい。」


街で集められる情報には限界がある。


ゼクト・ヴァルガンが動いた理由も、その先で何が起きようとしているのかも、現地へ行かなければ分からない。


ナルも異論はなかった。


「ここからなら馬で二日ほどです。途中の宿場町で一泊すれば、無理なく到着できます。」


「なら、明日の朝出発しましょう。」


「ええ。」


それだけで話はまとまった。


食事を終えた二人は街へ出て、不足していた保存食や治療薬を買い足し、馬の様子を確認してから宿へ戻る。


荷物を整え終える頃には、街は夜の静けさへ包まれていた。


窓辺へ立ったレインは、遠く北の空を静かに見つめる。


カルドニア王国第八位の超越者、『黒雷』ゼクト・ヴァルガン。


その男が前線へ現れた理由は、まだ分からない。


だが、このまま見過ごすつもりはなかった。


翌朝。


空が白み始める頃、二人は宿を後にする。


宿の主人へ軽く挨拶を済ませ、それぞれ馬へ跨った。


「行きましょう。」


ナルの声にレインは静かに頷く。


二頭の馬は朝靄の街道を駆け抜け、アルディア王国最前線へ向けて走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ