ベルグ商会商団長ガストン・ベルグ。
「出発は明日の早朝だ」
ナルは地図を畳みながら言った。
「三日ほど馬を飛ばせば、国境手前の交易都市へ着く。そこから商団へ合流します」
レインは頷いたが、何か思い出したように顔を上げた。
「それと、一つお願いがあります」
「何ですか?」
「商団へ入ったら敬語はやめてください」
ナルは少し首を傾げた。
「……敬語を?」
「年上の人が十六歳の僕に敬語を使っていたら、誰でも不自然に思います」
その説明に、ナルは思わず笑った。
「そういうことか」
納得したように頷く。
「分かった。商団へ入ったら普段どおり話そう」
「その方が自然です」
翌朝、二人は王都を出発した。
北街道を三日。
途中の宿場町で馬を乗り継ぎながら進むと、やがてノルガルト侯国国境手前最大の交易都市が見えてくる。
戦時下にある今、この街は西大陸有数の物流拠点となっていた。
南から運ばれた食料や武具、薬品はここへ集められ、各商団によってフェルド公国やノルガルト侯国方面へ運ばれていく。
街中には何百台もの荷馬車が並び、商人や護衛たちが慌ただしく行き交っていた。
その光景を見渡し、レインは小さく息を漏らす。
「思っていた以上の規模ですね」
「この程度なら珍しくもない」
ナルは笑った。
「北は今、一番荷が動く場所だからな。各地の商団が集まってくる」
歩きながら説明を続ける。
「これだけの商団になると、お抱え護衛だけじゃ足りない。だから各地の護衛団や冒険者を雇うんだ。荷馬車十台ほどを一隊として護衛団長が受け持ち、その上に全体を指揮する護衛総隊長がいる」
レインは街を見回した。
商団というより、一つの軍隊。
そう呼んだ方がしっくりくる規模だった。
やがてナルは、一つの大商団の前で足を止める。
百台近い荷馬車の間を、多くの商人や護衛が忙しそうに動き回っていた。
その中心で指示を飛ばしていた白髪交じりの商団長が振り返る。
ベルグ商会商団長、ガストン・ベルグ。
四十年以上、西大陸を渡り歩いてきた古参商人である。
「ご無沙汰しています、ガストンさん」
「ナルか」
ガストンは口元を緩めた。
「珍しいな。仕事か」
「ええ。一つお願いがありまして」
ナルは隣に立つレインを示す。
「こいつも護衛へ加えてもらえませんか」
ガストンはレインを一瞥した。
立ち姿。
腰の剣。
そして静かな目。
それだけ確認すると、小さく頷く。
「理由は聞かん」
「助かります」
「お前が連れてきたんだ。腕は信用する。それ以上聞かん方が長生きできるからな」
周囲にいた古参商人たちも苦笑した。
ナルほどの男が誰かを連れてくる。
その時点で、普通の依頼ではないことくらい誰にでも分かる。
「第三隊へ入れ」
ガストンは近くの男を呼んだ。
「グレッグの隊なら問題ない」
「承知しました」
案内された第三隊では、護衛たちが出発の準備を進めていた。
翌朝。
百台近い荷馬車がゆっくりと交易都市を出発する。
戦時下だけあり、街を出て間もなく最初の検問が待っていた。
兵士たちは荷馬車を一台ずつ止め、積荷と通行証を丁寧に照合していく。
護衛も例外ではない。
所属、人数、武器。
全てが記録された。
ナルの姿を見ると、隊長格の兵士が軽く敬礼する。
「ナル殿、お久しぶりです」
「ああ」
短いやり取りだけで終わる。
ナルだからといって検査が省略されることはない。
戦時中である以上、誰一人として例外は認められなかった。
幾つもの検問を越えながら、商団は北を目指す。
三日目の昼過ぎ。
最後尾から警鐘が鳴り響いた。
「盗賊だ!」
二十人ほどの盗賊が森から飛び出し、最後尾の荷馬車へ襲い掛かる。
だが、商団に動揺はない。
「第十隊、迎撃!」
護衛総隊長の号令と同時に、最後尾を守っていた護衛団が一斉に反転した。
先頭の護衛が盾で盗賊の突撃を止める。
その隙に左右へ展開した仲間たちが一気に包囲し、逃げ道を塞いだ。
剣戟が響く。
力量の差は明らかだった。
十分もしないうちに盗賊団は制圧され、生き残った者たちは縄で縛られて荷馬車へ放り込まれる。
商団は何事もなかったように進み始めた。
その様子を見ながら、レインは感心したように頷く。
「なるほど……ロイが話していた商団護衛は、こういう仕事だったんですね」
「知り合いか?」
「同期です。南部交易都市ベルンの出身で、お父さんが商団護衛をしていると話していました」
「そうか。この時期はベルンから来る護衛団も多いからな」
その夜。
商団は街道脇で野営を張る。
焚き火を囲んで食事をしていると、一人の大柄な男が近付いてきた。
「隣、いいか」
日に焼けた顔に歴戦の傷跡。
第三隊護衛団長、グレッグ・バートンだった。
「ベルンで護衛団をやってる」
その名字を聞いた瞬間、レインは思わず顔を上げる。
「ロイ・バートンさんのお父さんですか」
グレッグが驚いたように目を見開く。
「お前……ロイを知ってるのか?」
「王立騎士学校の同期です。よく一緒に訓練しています」
その一言で周囲の護衛たちまで集まってきた。
「ロイの同期か!」
「学校じゃ元気にやってるのか?」
「ちゃんと飯は食ってるんだろうな?」
レインは自然と笑みを浮かべる。
「元気ですよ。クラスのムードメーカーです。誰とでもすぐ仲良くなりますし、仲間からの信頼も厚いです」
護衛たちから笑いが起きる。
「昔から変わらねぇな!」
少し照れくさそうにグレッグが尋ねた。
「剣の腕はどうだ?」
「一年Bクラスでも上位です。努力家ですし、きっともっと強くなります」
その言葉に、グレッグは嬉しそうに目を細めた。
焚き火を囲む護衛たちの笑い声は、夜が更けるまで絶えることはなかった。




