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英雄なのか?  作者: よろず
戦争準備編
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ミルデン8


レインがミルデンを飛び出した頃、街から約一キロ離れた川沿いでは、すでにもう一つの戦いが始まろうとしていた。


川の手前に広がる林の中には、フェルド公国軍とアルディア騎士団の混成部隊が静かに息を潜めている。兵数はおよそ三百。敵とほぼ同数だった。


それでも兵士たちの表情に不安はない。


最前列へ立つ一人の男が、その理由だった。


アルドは大剣へ手を添えたまま、川の向こうの森を静かに見据えている。


かつてアルディア王国第三騎士団第五席を務めた歴戦の騎士。


負傷によって第一線を退いた今なお、その実力は並の騎士団幹部を大きく上回っていた。


「……来るな」


隣のグレアムが低く呟く。


アルドは短く頷いた。



風向きが変わる。


次の瞬間、川向こうの森から無数の人影が姿を現した。


三百近い武装集団。


隊列を保ったまま進む姿は盗賊ではない。鍛えられた兵士の足取りだった。


その先頭を歩く男がミルデンへ視線を向ける。


ちょうどその時、街から黒煙が立ち上った。


夕焼け空を汚す煙を見て、男は口元を吊り上げる。


「始まったか」


街へ潜伏させた工作員たちが動いた。


混乱が起きれば守備兵は分散する。


その隙に一気に街へ雪崩れ込み、補給拠点を焼き払い、目的を果たしたら即座に離脱する。


都市を奪う必要はない。


兵站さえ潰せば十分だった。


「全軍前進! 一気に渡れ!」


怒号と共に三百人が川へ殺到する。


敵指揮官は勝利を疑わなかった。


だから気付かなかった。


森が静かすぎることに。


渡河を終えた、その瞬間――。


「撃て」


低い号令が響く。


轟音。


無数の魔法と矢が一斉に降り注ぎ、先頭集団が悲鳴と共に崩れ落ちた。


敵が態勢を立て直すより早く第二射が放たれ、さらに兵が倒れる。


「伏せろ!」


「前へ出ろ!」


怒号が交錯する。


しかし、もう遅い。


林からアルディア騎士団とフェルド公国軍が一斉に飛び出した。


完全な待ち伏せだった。


剣と槍が乱戦の中を駆け抜け、各所で激しい白兵戦が始まる。


そして戦場の中央。


アルドが大剣を振るうたび、敵陣へ大きな穴が開く。


囲めば斬られ、距離を取れば踏み込まれる。


敵兵たちは、その圧倒的な実力を前に次々と倒れていった。


奇襲。


指揮の差。


士気の差。


すべてが重なり、戦況は急速にアルディア側へ傾いていく。


やがて敵は武器を捨て始めた。


誰の目にも勝敗は決したように見えた。


その時だった。


アルドが不意に動きを止める。


血の滴る大剣を静かに下ろし、川の向こうの森へ視線を向けた。


「どうした」


グレアムが声を掛ける。


返事はない。


夕闇へ沈み始めた森の奥。


何も見えない。


それでもアルドは確信していた。


――いる。


今まで相手にしていた者たちとは比べ物にならない存在が。


アルドの目が細くなる。


「……なるほど。超越者か」


誰へ向けた言葉でもなかった。


森の奥から注がれる視線は、戦場を値踏みするように冷たく、静かだった。


風が吹き抜ける。


次の瞬間、その気配は跡形もなく消え去る。


だがアルドは剣を収めなかった。


長年戦場を生き抜いてきた経験が告げている。

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