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英雄なのか?  作者: よろず
戦争準備編
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68/212

ミルデン4


レインはその場を離れなかった。


木陰へ身を潜めたまま視線だけを動かし、空き地全体を観察する。


最初に見つけた野営地だけでも十分異様だった。だが時間が経つほど、その違和感は強まっていく。


男たちの動きに無駄がない。


焚き火を囲んで騒ぐ者も、暇を持て余して寝転ぶ者もいない。見張り、巡回、物資の整理、武器の手入れ。それぞれが役割を持ち、黙々と動いている。


商隊ではない。


傭兵団とも違う。


少なくとも、普通の集団ではなかった。


しばらく様子を見届けると、レインは音もなく後退した。


そして森を大きく迂回しながら周辺の捜索を始める。


十分ほど歩いた先で二つ目の野営地を発見。


さらに三つ目。


四つ目。


どの野営地も互いに見えない位置へ巧妙に配置されていた。しかし距離や方角を見れば、相互に連携することを前提としているのは明らかだった。


レインは高い木へ登り、枝葉の隙間から森全体を見渡す。


そこでようやく全体像が浮かび上がった。


野営地は一つではない。


森全体へ散開している。


一つ。


二つ。


三つ。


四つ。


五つ。


六つ。


確認できただけでも六か所。


どれも三十人前後、多くても五十人程度の規模しかない。


全体でも三百人には届かないだろう。


その事実が、かえって不気味だった。


この人数ではミルデンは落とせない。


城壁も突破できず、駐屯軍とも正面から戦えない。


それでも危険な魔物地帯へこれだけの人員を潜ませている。


――目的が違う。


レインは木から降りると、最初の野営地へ戻った。


今度はさらに慎重に距離を詰める。


見張りの配置。


巡回の間隔。


交代の時間。


死角になる場所。


一つずつ確認しながら前進する。


相手も訓練された兵士だ。


だが、レインもまた普通の人間ではなかった。


見張りが交代し、一瞬だけ中央への視線が途切れる。


そのわずかな隙を逃さず、レインは天幕の陰へ滑り込み、そのまま一際大きな天幕へ身を潜らせた。


内部は驚くほど簡素だった。


余計な装飾は一切なく、机と椅子、最低限の備品だけ。


まさに戦場の指揮所である。


レインは机へ視線を落とした。


そこに広げられていた地図を見た瞬間、目つきが変わる。


ミルデン周辺地図。


しかし重要なのは地図そのものではない。


そこへ書き込まれた印だった。


赤。


青。


黒。


倉庫街。


食料庫。


補給路。


橋。


城門。


給水施設。


街の重要施設ばかりへ印が付けられている。


一方で城主館や城壁には、ほとんど印がない。


その瞬間、レインは敵の狙いを悟った。


街を落とすつもりではない。


補給を止める。


倉庫を焼き払う。


橋を落とす。


各所で混乱を起こす。


それだけで十分なのだ。


ミルデンが数日でも機能を失えば、北方軍への補給は滞る。


食料は届かず、武具や薬も不足する。


前線は不安定となり、兵の士気は下がる。


大軍など必要ない。


むしろ少数精鋭だからこそ実行できる作戦だった。


レインは地図全体へ視線を走らせる。


持ち出すことはしない。


侵入が発覚すれば相手は即座に計画を変更する。


代わりに印の位置と色、配置を一つずつ頭へ刻み込んでいく。


さらに天幕の位置を基準に、各野営地との距離や方角も整理した。


だが、その途中でさらに大きな違和感を覚える。


印は外部施設だけではなかった。


市場。


倉庫内部。


城門付近。


一般人では知り得ない細かな場所にも印が付いている。


しかも複数だ。


森へ潜む者だけで集められる情報ではない。


レインは静かに息を吐いた。


なるほど。


そういうことか。


森に潜む三百人余りは主力ではない。


襲撃部隊ですらない。


あくまで外側から動く部隊。


本当に危険なのは、すでに街へ入り込んでいる者たちだった。


商人。


護衛。


避難民。


労働者。


姿は分からない。


だが確実に潜伏している。


そうでなければ、ここまで詳細な情報は得られない。


必要な情報をすべて記憶すると、レインは地図を元の位置へ戻し、天幕を静かに後にした。


森を抜ける途中、立ち止まって携帯していた小さな紙を取り出す。


記憶が鮮明なうちに、六つの野営地の位置関係と周辺地形を簡潔な地図へ書き留めた。


これだけあれば、捜索部隊は位置を特定できる。


書き終えると紙を懐へしまい、再び歩き出す。


川を渡り、ミルデンへ戻る頃には空が赤く染まり始めていた。


城壁では兵士たちが見張りを続け、城門には商隊が列を作っている。


誰が見ても平和な光景だった。


だが今のレインには違って見える。


あの商隊の中にいるかもしれない。


市場で荷を運ぶ労働者の中にいるかもしれない。


避難民として紛れ込んでいるかもしれない。


敵は森だけにいるのではない。


すでに街の中へ入り込んでいる。


そう考える方が自然だった。


夜。


情報共有の時間になっても、レインはこの件を口にしなかった。


クラスメイトが集めた情報は有益だった。


だが、この話は別である。


確証もない段階で共有すれば、不必要な混乱を招くだけだった。


共有会が終わると、レインは静かに席を立つ。


向かった先はアルドの部屋だった。


短く扉を叩く。


「入れ」


低い声が返る。


レインは中へ入り、前置きもなく報告を始めた。


森で発見した六つの野営地。


推定人数。


野営地の配置を書き起こした簡易地図。


地図に記されていた重要施設への印。


そして、街内部へ潜伏している者がいる可能性。


アルドは最後まで一言も挟まず耳を傾けた。


やがて小さく息を吐く。


「……面倒なことになったな」


驚きではない。


最悪の可能性を裏付けられた者の声だった。


「この件は誰にも話すな」


「了解です」


アルドはしばらく考え込んだ後、静かに立ち上がる。


「グレアムには私から伝える。お前も来い」


レインが頷くと、アルドは続けた。


「向こうには、情報部の指示で実習へ同行していた人間だと説明する。余計なことは話すな。見たままを、そのまま報告しろ」


「分かりました」


二人は部屋を後にした。


どうやら今夜は、長くなりそうだった。

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