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英雄なのか?  作者: よろず
アルディア騎士学校
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実力を知る


アーマーベア討伐の報告は、村にとって何よりの朗報だった。

日が傾き始めた頃には広場へ長机が並べられ、村人達が次々と料理を運び込んでくる。豪華な食事ではない。だが焼きたてのパンや野菜の煮込み、保存していた干し肉まで惜しみなく並べられていた。冬に備えて蓄えていた食料まで持ち出しているのが分かる。

「おい、本当にいいのか?」

ラグナが思わず尋ねると、料理を運んでいた中年の女性は笑った。

「いいんだよ。あんた達がいなかったら、私達は今も森に入れなかったんだからね」

周囲からも同意する声が上がる。

狩人達は森へ入れず、薪を集めることも難しくなっていた。アーマーベアが出現してからというもの、村全体が息を潜めるような生活を続けていたのである。

だからこそ喜びも大きかった。

子供達はラグナやレオニスの周囲へ集まり、戦闘の話をせがんでいる。

「本当にあんな大きかったの!?」

「剣で倒したのか!?」

「魔法は見た!? 見た!?」

矢継ぎ早の質問にラグナは豪快に笑い、レオニスは苦笑しながら相手をしていた。

一方でフィオナは少し離れた場所へ座っている。

戦闘で魔力を使い切った疲労もあるが、それ以上にこうした歓迎へ慣れていなかった。

そんな彼女の前へ老人が一人現れる。

「嬢ちゃんの魔法は凄かった。村からも凄い音と炎も少し見えたよ」

ただフィオナは返事に困る。

すると老人は静かに続けた。

「森が燃えるんじゃないかと少し怖かったがな」

周囲から笑いが起こった。

フィオナは僅かに顔を赤くする。

その様子を見ていたシルヴィアも珍しく口元を緩めていた。

宴は日が沈んだ後もしばらく続いた。

村人達は何度も礼を言い、生徒達もそれに応える。訓練では味わえない空気だった。ただ自分達が戦った結果として誰かが喜んでいる。その事実が不思議なほど心地良かった。

しかし楽しい時間は長くは続かない。

空が完全に暗くなった頃、レオニスが立ち上がった。

「そろそろ戻るぞ」

その一言で一年Sクラスの空気が変わる。

今は任務中だ。

宴が終われば次は野営である。

村人達へ別れを告げた一行は村の入り口近くにある空き地へ移動した。周囲は開けており、見張りを立てるには都合が良い。近くには小川も流れている。

「テント設営開始」

レオニスの指示で全員が動き出す。

慣れたものだった。

王立騎士学校では野営訓練も繰り返し行われている。誰か一人が指示しなくとも役割分担は自然に決まる。

ラグナとグレンが杭を打ち込み、セドリックが周囲の地面を整える。アイリスは水を汲みに向かい、フィオナは焚き火の準備を始めた。シルヴィアは周辺地形を確認しながら見張り位置を決めている。

レインも黙って作業へ加わった。

やがて焚き火へ火が入り、暗闇の中へ温かな光が広がる。

森の奥からは夜行性の動物の鳴き声が聞こえていた。

昼間の喧騒はもうない。

代わりに残っているのは戦闘の疲労と、討伐を終えた安堵感だった。

完成したテントを見回しながらレオニスは小さく息を吐く。

「これでようやく一段落だな」

誰もが頷いた。

だが同時に全員が理解していた。

今日の戦いは確かに勝利だった。しかしアーマーベア二体との戦闘は決して余裕のあるものではなかった。

焚き火の炎が揺れる。


村の灯りが遠ざかり、焚き火の炎だけが夜の闇を照らす頃には、昼間の賑やかさもすっかり消えていた。村人達との宴は確かに楽しかった。何度も礼を言われ、子供達に囲まれ、討伐を心から喜ばれた経験は一年Sクラスの誰にとっても初めてだった。しかし、だからといって浮かれ続けられるほど今日の戦闘は優しくなかった。

村の入り口近くに設営された野営地では、見張り用の焚き火が静かに燃えている。その周囲へ腰を下ろした生徒達の表情にあるのは達成感よりも疲労だった。

アイリスの回復魔法で怪我は治療されている。それでも身体の重さまでは消えない。ラグナなどは両腕を組んだまま焚き火を見つめていたし、フィオナは魔力を使い切った影響で静かだった。

そんな沈黙の中、最初に口を開いたのはレオニスだった。

「村じゃあまり言わなかったが、正直かなり危なかったな」

その言葉に何人かが苦笑する。

否定できる者がいなかったからだ。

今日倒したのはアーマーベベア二体。騎士学校の教本では何度も学んだDランク魔物であり、村を脅かすには十分過ぎる脅威とされている存在だった。だが実際に相対した時の圧力は、文字で学ぶ知識など比較にならなかった。三メートルを超える巨体。鎧のような筋肉と毛皮。そして前脚の一撃だけで人間を叩き潰せる膂力。今思い返しても背筋が寒くなる。

「危なかったなんてもんじゃねぇよ」

ラグナが苦笑混じりに頭を掻いた。

「最後の一撃なんか、本気で骨が何本か持っていかれると思ったぞ。受けた瞬間は耐えられると思った」

実際に危険だったのだ。あの場面でラグナが崩れていたら前衛は瓦解し、その隙をアーマーベベアに突かれていた可能性が高い。

レオニスも真面目な顔で頷いた。

「俺も止めるか迷った。だが俺が入れば今度は陣形が崩れる。結局、フィオナの魔法が間に合わなければ危なかったと思う」

話を振られたフィオナは少し視線を落とした。

「その私も反省してる」

珍しく素直な言葉だった。

焚き火の向こうで揺れる炎を見つめながら続ける。

「威力ばかり考えていた。森の中であれだけ炎を使うべきじゃなかった」

誰も否定しない。

確かに彼女の魔法がなければ討伐は難しかっただろう。しかし同時に、風向き一つで森全体を巻き込む危険もあった。

シルヴィアが静かに頷く。

「結果的に正解だったけど、次も同じとは限らないわね。実際、二発目が着弾した時は少し冷や汗をかいたわ」

フィオナは小さく息を吐いた。

「分かってる。次は周囲も見る」

すると今度はアイリスが困ったように笑う。

「それを言うなら私もです。怪我人を見る度に前へ出てしまいました」

「お前は回復役だからな」

レオニスが言う。

「俺達が前へ出るのは仕事だが、お前が前へ出るのは違う」

アイリスは素直に頷いた。

セドリックも腕を組む。

「俺も似たようなものだ。守ることばかり考えて攻撃へ回るのが遅かった。土壁を作れば安心だと思ってたが、結局は誰かが倒さないと終わらないからな」

話しているうちに、一人ずつ自分の課題が見えてくる。誰かが責めているわけではない。ただ実際に戦ったからこそ分かる失敗があるのだ。

やがて話題は自然と二体目のアーマーベベアへ移った。

あの出現こそ今日最大の転機だった。

グレンが焚き火越しにレインを見る。

「そういえば結局聞いてなかったな。お前、どうやってあれを連れてきたんだ?」

責める口調ではない。

純粋な疑問だった。

レインは少し考えてから答える。

「近くに村人がいたんだよ。一人で戦うのは危険と分かってるから、取りあえず村人からアーマーベベアを引き離すのに必死だった。戦闘音が聞こえたかそちらに逃げた訳だ」

だがシルヴィアは納得したように頷く。

「その判断自体は間違ってないと思う。私も全力で逃げて仲間を探すもの」

「まあ普通は一人で誘導しようとは思わねぇがな」

ラグナが笑う。

「その辺はお前も大概だ」

周囲から苦笑が漏れる。

レインも否定しなかった。

実際は、殺さぬように誘導するのが面倒だった。

しばらくして再び静寂が戻る。

焚き火の薪が崩れ、火の粉が夜空へ舞い上がった。

その光景を見ながらレオニスは静かに口を開く。

「俺達、少し勘違いしていたのかもしれないな」

誰も聞き返さない。

何を言いたいのか分かるからだ。

「新兵との合同訓練でも結果は出していたし、盗賊討伐も上手くいった。Sクラスへ集められるだけの実力もある。だからどこかで思っていたんだろう。自分達はかなり強いんだってな」

夜風が吹き抜ける。

焚き火が揺れる。

その言葉を否定できる者はいなかった。

「だが今日戦ったアーマーベベアは違った。Dランクであれだ。もしCランクだったらどうなる。Bランクならどうなる。正直、今の俺達じゃ想像もつかない」

村人達は討伐を喜んでいた、確かに守ることはできた。それは誇っていい。しかし戦った本人達だからこそ分かる。

今日の勝利は圧勝ではない。全員が力を振り絞り、連携し、少しずつ積み上げた結果としてようやく掴んだ勝利だった。

ラグナが薪を火へ放り込む。

「もっと強くならねぇとな」

短い言葉だった。

その言葉こそが、今この場にいる全員の本音だったからである。

一年Sクラスは確かに優秀だ。しかし王国最強ではない。ようやくその入口へ立ったに過ぎない。その事実を胸に刻みながら、生徒達は揺れる焚き火を見つめ続けていた。

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