終結
レオニスの号令と同時に、一年Sクラスが一斉に動いた。
真正面では、ラグナが雄叫びと共に大剣を振り抜く。フィオナの炎槍を受けて体勢を崩したアーマーベアの脇腹へ、渾身の斬撃が深々と食い込んだ。
常人ならば、それだけで致命傷になっていただろう。
しかし、Dランク魔物はなお倒れない。
怒りに染まった赤い瞳がラグナを捉え、巨大な前脚が横薙ぎに振るわれる。
その一撃が届くより早く、レオニスが懐へ踏み込んだ。鋭い剣閃が前脚の付け根を切り裂き、振り抜かれるはずだった爪の軌道をわずかに逸らす。
生まれた隙を逃さず、グレンが背後へ回り込んだ。低く身体を沈め、巨体を支える後脚へ斬撃を浴びせる。
分厚い毛皮と筋肉に阻まれ、どちらの傷も決定打には至らない。
それでも三人は、力任せに攻撃を重ねているわけではなかった。
ラグナが正面で巨体を受け止め、レオニスが攻撃の起点を潰し、グレンが死角から足を削る。役割を分けた連携によって、アーマーベアは少しずつ自由を失っていった。
一方、もう一体のアーマーベアも激しく暴れ回っていた。
レオニスたちの動きを追おうと巨体が踏み出した瞬間、セドリックが杖を向ける。
「止まれ!」
地面が大きく隆起し、進路を塞ぐように厚い岩壁が立ち上がった。
だが、アーマーベアは速度を緩めない。
咆哮と共に巨体をぶつけ、岩壁を正面から粉砕した。砕けた石片が周囲へ飛び散り、土煙が一気に広がる。
それでも、セドリックの狙いは達成されていた。
岩壁を砕くために、突進の勢いがわずかに鈍った。
「右へ三歩!」
シルヴィアの鋭い声が飛ぶ。
レオニスとグレンが迷いなく右へ動き、巨体の進路から外れる。前方を見失ったアーマーベアは、勢いを殺し切れないまま倒木へ肩から激突した。
巨木が軋み、巨体が大きくよろめく。
その隙を、フィオナは逃さなかった。
先ほどの炎槍ほどの威力はない。それでも次の攻撃へつなげるには十分だった。
「――撃ち抜け!」
杖先から放たれた圧縮火球が一直線に飛び、アーマーベアの肩口で炸裂する。
轟音と共に炎が弾け、爆風と熱気が森の中を駆け抜けた。分厚い毛皮が焼け焦げ、苦悶の咆哮が木々の間へ響き渡る。
少し離れた場所で戦況を見守っていたレインは、静かに目を細めた。
(ここまで連携できるのか)
誰か一人の力へ頼っているわけではない。
ラグナが前線を支え、レオニスとグレンが敵の動きを削る。
シルヴィアが戦場全体を見ながら進む方向を示し、セドリックが地形を操って巨体の勢いを殺す。
フィオナは好機を逃さず攻撃魔法を放ち、アイリスは補助魔法と治癒魔法を使い分けながら全員を支えていた。
それぞれが自分の役割を理解し、仲間の動きを見て次の行動を選んでいる。
二体のアーマーベアを相手にしながらも、戦線が崩れる気配はなかった。
むしろ、少しずつ押し返している。
その時、最初に交戦していたアーマーベアが突然後脚で立ち上がった。
三メートルを超える巨体が、木々を越えるほど大きく見える。
レインは、その動きを見た瞬間に危険を察した。
あれは苦し紛れに暴れているのではない。
残された力をすべて乗せた、本気の一撃だった。
巨大な前脚が、正面に立つラグナへ振り下ろされる。
空気そのものを押し潰すような轟音が響いた。
ラグナは逃げなかった。
両手で大剣を握り締め、真正面から振り下ろされた前脚を受け止める。
激突した瞬間、凄まじい衝撃が大地を震わせた。足元の地面が陥没し、ラグナの身体が深く沈み込む。
「ぐっ……!」
これまでとは重さが違った。
両腕が震え、支えていた大剣が少しずつ押し下げられていく。このままでは、武器ごと地面へ押し潰される。
「ラグナ!」
レオニスが即座に駆け込んだ。
ほぼ同時に、グレンも反対側から飛び込む。
左右から放たれた斬撃がアーマーベアの両脚へ深く食い込み、巨体の支えを崩した。
体勢が揺らぎ、ラグナへ掛かっていた重圧が一瞬だけ弱まる。
その好機を、フィオナは逃さなかった。
すでに次の魔法を練り上げていたのだろう。彼女の周囲へ膨大な魔力が集まり、熱によって空気が揺らいでいた。
フィオナの額には汗が滲み、呼吸もわずかに乱れている。
それでも杖先は、倒れかけたアーマーベアから外れなかった。
「――フレイムランス」
放たれた炎槍は一本ではない。
三本。
灼熱の軌跡を描いて飛翔した炎槍が、ほとんど間を置かずアーマーベアへ突き刺さる。
一撃目が胸を貫き、二撃目が傷ついた肩を砕く。
そして三撃目が、無防備になった首元へ深く突き刺さった。
爆炎が弾け、巨大な火柱が木々の間へ立ち上がる。
アーマーベアの身体から力が抜けた。
ゆっくりと傾いた巨体が、大地を揺らしながらその場へ崩れ落ちる。
一体目を討ち取った。
だが、誰も歓声を上げなかった。
まだ一体残っている。
仲間を失ったアーマーベアは、怒りと焦りが混じったような咆哮を上げ、荒々しく周囲を見回した。
やがて正面の包囲が薄いと判断したのか、森の左側へ身体を向ける。
その動きを見たシルヴィアが即座に声を飛ばした。
「左へ抜けるわ! 回り込んで退路を塞いで!」
レオニスとグレンがすぐに左右へ散り、逃げようとする巨体の前へ回り込む。
正面にはラグナが立ちはだかった。
先ほどの衝撃で両腕には痺れが残っているはずだ。それでも大剣を握り直し、一歩も退かず進路を塞ぐ。
さらにセドリックが杖を振るうと、アーマーベアの背後から土壁が立ち上がり、森の奥へ続く逃げ道を閉ざした。
アイリスの補助魔法が前衛三人を包み、消耗していた身体へ再び力を与える。
完全に包囲された。
追い詰められたアーマーベアは、その場から逃げることを諦めたようだった。
最後の咆哮を響かせると、正面に立つラグナへ向かって一直線に突進する。
「来い!」
ラグナも大剣を構えたまま駆け出した。
互いの距離が一気に縮まる。
激突する寸前、ラグナは踏み込んだ足を止め、全身の力を込めて大剣を振り上げた。
白銀の軌跡が森の中を走る。
振り抜かれた刃がアーマーベアの首筋へ深々と食い込み、突進の勢いを正面から受け止めた。
それでも巨体は止まり切らない。
大剣を首元へ食い込ませたまま、ラグナを押し潰そうと数歩前へ踏み出す。
だが、その横をレオニスが駆け抜けた。
鋭い一閃が喉元へ走り、反対側から飛び込んだグレンの剣が、巨体を支える前脚を切り裂く。
均衡が崩れた。
首元へ大剣を受けたまま、アーマーベアの身体が大きく傾く。
やがて逃げ道を塞いでいた土壁の手前へ、轟音と共に倒れ伏した。
それでも全員はすぐには武器を下ろさなかった。
アルドが二体の様子を確認し、完全に息絶えたことを確かめる。
「討伐完了だ」
その言葉が告げられて初めて、森を包んでいた緊張が緩んだ。
辺りに残ったのは、生徒たちの荒い呼吸と、炎に焼かれた毛皮の臭いだけだった。
二体のアーマーベア。
Dランク魔物としても厄介な相手を、一年Sクラスは誰一人欠けることなく討ち取った。
しばらく誰も口を開かなかった。
疲労で言葉が出ないというだけではない。
自分たちが成し遂げた結果を、まだ誰も実感し切れていなかった。
やがてレオニスが剣を鞘へ納め、仲間たちを見回した。
「全員、怪我は?」
アイリスが前衛三人の状態を確認し、フィオナとセドリックにも視線を向ける。
「大きな怪我はないわ。打撲と切り傷くらい。治療すれば問題ないと思う」
その答えを聞き、レオニスはようやく小さく息を吐いた。
ラグナは大剣を地面へ立て、その場へどっかりと腰を下ろす。
「さすがに二体は重かったな」
「受け止める方を選んだのは自分でしょう」
シルヴィアが呆れたように言うと、ラグナは悪びれもせず笑った。
少し離れた場所では、魔力を使い切ったフィオナが静かに座り込み、アイリスがすぐそばへ駆け寄っている。セドリックも杖へ体重を預けながら、大きく息を吐いていた。
レインは、その様子を少し離れた場所から見守っていた。
技術だけを見れば、まだ未熟な部分は多い。
判断が遅れる場面もあり、連携にも危うさが残っている。
それでも、誰一人として自分だけで戦おうとはしなかった。
仲間の役割を信じ、自分にできることを最後までやり遂げた。
「なるほど……」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
一年Sクラス。
アレクシス学園長が彼らを王国の未来と評した理由を、レインはこの戦いで少しだけ理解した。




