表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄なのか?  作者: よろず
アルディア騎士学校
PR
46/96

驚愕


「レイン・クロード君。君に決闘を申し込む」

アレスの宣言が響くと、生徒会室は一瞬静まり返った。しかし、その沈黙を最初に破ったのは当のレインではなくリリアだった。

「いいね!」

勢いよく立ち上がった少女は目を輝かせながら笑う。

「面白そう!」

その反応にレオンが吹き出し、ヴィクトルも苦笑を浮かべた。クリスティーナは額を押さえているが、本気で止めるつもりはないらしい。そもそも、この場にいる全員が少なからず興味を抱いていた。資料や報告書では分からないものがある。実際に見れば早いという考えは誰の中にもあったからだ。

さらに空気を変えたのはリリアの次の一言だった。

「レインが勝つと思う」

あまりにも自然な口調だったため、一瞬誰も反応できなかった。

やがてレオンが聞き返す。

「……は?」

ヴィクトルも眉をひそめた。

「相手はアレスだぞ」

「うん」

リリアは当然のように頷く。

「でもレインが勝つと思う」

今度こそ室内が静まり返った。

アレスは何も言わなかったが、その目だけは明らかに鋭くなっている。クリスティーナも小さく目を細め、エドワードですら興味深そうにリリアを見ていた。

「根拠は?」

ノアが尋ねる。

「ないよ」

リリアは即答した。

「ただそう思うだけ」

誰も理解できなかった。

本人ですら説明できていないのだから当然である。

それでもリリアは楽しそうだった。まるで結果を知っているかのような顔でレインを見ている。

一方のレインはというと、完全に巻き込まれた側だった。

「拒否権はありますか」

一応確認してみたものの、返ってきたのは綺麗に揃った否定だった。

結局、一同は生徒会室に隣接する室内訓練場へ移動することになる。

夜の訓練場は静かだった。広い石造りの空間には二年Sクラス十三人とレインしかおらず、外からこの様子を知る者はいない。非公式試合。本来なら余興のようなもので終わるはずだったが、今は違う。少なくともリリアの発言によって、この場の全員が無意識のうちにレインを観察し始めていた。

中央へ進み出たクリスティーナが審判を務め、アレスとレインが向かい合う。距離は五歩ほど。アレスは木剣を握り、レインも用意された木剣を受け取った。

「条件は?」

クリスティーナが確認すると、アレスは視線を逸らさず答える。

「レイン君が最初の攻撃を凌げば勝ちです」

周囲に異論はなかった。実力差を考えれば十分すぎる条件であり、誰もがそれで終わると思っていたからだ。

クリスティーナが手を上げる。

「始め」

その瞬間、訓練場の空気が一変した。

レオンの笑みが消える。

ヴィクトルが目を見開く。

ノアの表情が初めて動いた。

圧倒的な剣気が訓練場を満たしたのである。

アレスは一切の躊躇なく床を蹴った。その踏み込みは一年生相手に向けるものではなかった。木剣を使っているだけで、中身は完全に実戦である。石床を蹴る音が響いた時にはすでにレインの目前まで迫っており、クリスティーナですら思わず声を上げた。

「アレス!」

本気だった。

加減など存在しない。

下手をすれば骨折では済まない。

その場にいた全員がそう思った。

だが次の瞬間、その予想は裏切られる。

アレスの木剣が振るわれる。

鋭い斬撃だった。

さらに二撃目が続き、間髪入れず三撃目が放たれる。

二年Sクラス第二位の連撃。

本来なら一年生が反応できる速度ではない。

それでも当たらない。

レインは後ろへ飛ばなかった。受け止めもしない。ただ最小限だけ身体を動かす、斬撃の軌道から外れていく。紙一重。ほんのわずかしか動かない。それなのに木剣は何度振も空を切る。

まるで最初から攻撃の軌道が見えているかのようだった。

そして三撃目が終わった瞬間、アレスが止まり、レインもまた動きを止めた。

静寂が落ちる。

勝負は終わっていた。

アレスが静に言う。

「レイン君の勝ちだ」


クリスティーナはゆっくりと息を吐く。

「勝負あり。レイン・クロードの勝ちです」

クリスティーナの宣言が響いても、誰もすぐには反応できなかった。

勝負は終わっている。

条件通りならレインの勝ちだ。

それは全員が理解していた。

理解していたにもかかわらず、言葉が出てこない。

訓練場を支配していたのは勝敗ではなく困惑だった。

今、何が起きたのか。

誰もがそれを考えている。

アレスの踏み込みは見えていた。剣筋も見えていた。だからそれこそが異常だった。

例え見えたとして、避けられることは全く別だからである。

二年Sクラスの面々はアレスの実力を知り尽くしている。普段から剣を交え、模擬戦を繰り返し、何度もその速度を体感してきた。

だから分かる。

あの攻撃を正面から躱すという行為がどれほど難しいのか。

いや。

難しいでは足りない。

普通学生では出来ない。

それが共通認識だった。

最初に沈黙を破ったのはクリスティーナだった。

「……無理ね」

小さな声だった。

だが訓練場が静まり返っているからこそ全員に聞こえる。

「私でも無理」

その言葉に視線が集まる。

二年Sクラス第三位。

実技、魔法、指揮、その全てで上位へ名を連ねるクリスティーナが断言したのである。

「避けることは出来る。でも初撃を避けるのは無理」

冗談ではない。

本気の評価だった。

レオンも苦笑を浮かべながら頭を掻く。

「俺も同じだな」

そう言いながらレインを見る。

「受けるか相打ち狙いなら何とかなる。でも今の避け方は無理だ」

ヴィクトルは何も言わなかった。

言えなかった。

脳内で何度も先ほどの光景を再生している。

踏み込み。

斬撃。

回避。

たったそれだけのはずなのに、どうしても辻褄が合わない。

ノアも同様だった。

冷静な戦術家として知られる彼ですら、今は資料を見るような顔でレインを見ている。

理解できないものを分析しようとしているのだ。

エドワードは黙ったまま額へ手を当てていた。

先ほどまで優秀な一年生だと思っていた。

だが優秀な一年生だけでは説明が付かない。

正体も分からない。

危険なのかさえも。

そして、その沈黙を破ったのはやはりリリアだった。

「だから言ったじゃん」

満面の笑みだった。

一人だけ最初から結果を知っていたかのような顔をしている。

「面白いって」

今度は誰も反論しなかった。

反論できない。

彼ら自身が目の前の光景をまだ整理できていないのだから。

訓練場の中心ではアレスもまた動かなかった。

木剣を握ったまま、じっとレインを見ている。

悔しさではない。

怒りでもない。

自分は本気だった。

手加減などしていない。

それなのに当たらなかった。


その事実だけが、何より雄弁にレイン・クロードという存在の異常さを物語っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ