驚愕
夜明け前まで続いていた緊張感はまだ完全には消えていない。地面には戦闘の痕跡が残り、折れた枝や踏み荒らされた下草が激しかった戦いを物語っている。それでも先ほどまで響いていた剣戟や怒号はすでに途絶えており、森に残っているのは拘束された盗賊達の足音と、生徒達の報告だけだった。
「西側確認終了」
「残党なし」
「武器の回収も終わっています」
各所から集まる報告を聞きながら、アルベルトは周囲の状況を整理していく。その姿には勝利の余韻に浸る様子はない。作戦が成功したとしても、最後の確認を怠れば意味がないことを理解しているからだ。
レインも同じだった。
戦いは終わった。しかし実戦では終わったと思った瞬間こそ危険になる。森の中へ視線を巡らせながら、潜伏している者はいないか、逃げ遅れた盗賊はいないかを確認していく。
やがて森の外から馬の蹄の音が響いてきた。
一騎や二騎ではない。
十騎を超える騎馬隊だった。
到着したのは国の騎士団である。銀色の鎧を纏った騎士達は周囲を警戒しながら森へ入り、拘束された盗賊達の姿を確認すると驚いたように目を見開いた。
「これだけ捕らえたのか……」
思わず漏れた言葉だった。
盗賊団の討伐自体は珍しくない。だが学生だけで盗賊団を壊滅させ、さらに死者を出さず全員を拘束しているとなれば話は別だった。
騎士達はすぐに引き渡し作業へ移る。
縄を付け替えられた盗賊達が次々と連行されていく中、最後尾にいた盗賊頭だけが一度足を止めた。
視線の先にはアルベルトとレインがいる。
「学生にしては上出来だ」
男は苦笑しながら言った。
「だがな。見張りに違和感を持たれた時点で、こっちは逃げる準備を始めていた」
誰も答えない。
それが事実だからだ。
盗賊頭は小さく肩を竦めると、それ以上は何も言わず騎士達と共に森を去っていった。
騎士団が撤収した後、一年生達は廃村の広場へ集められた。
疲労の色は濃い。
服は泥で汚れ、多少の怪我を負っている者もいる。それでも表情に浮かんでいるのは達成感だった。
初めての実務演習。
初めての実戦に近い任務。
その全てを乗り越えたのだから無理もない。
そんな一年生達の前へ進み出たのは二年Sクラスだった。
クリスティーナは集まった生徒達を見回し、全員の視線が集まったことを確認してから静かに口を開く。
「まず最初に言います。今回の実務演習は成功です」
その言葉に広場の空気が少し緩んだ。
安堵したように息を吐く者もいる。
しかしクリスティーナはそこで終わらせなかった。
「ですが、成功と完璧は違います」
空気が再び引き締まる。
「盗賊を逃がさなかったこと。村への被害を防いだこと。これは評価に値します。特にAクラスは正面戦力を受け止めながら廃村全体を制圧し、その後は東側への援軍としても機能しました。カイルの判断は適切だったと言えるでしょう」
Aクラスの生徒達が静かに頷く。
「Bクラスも同様です。東側封鎖は成功しました。逃走経路を限定しながら相手を包囲した判断は評価できます」
アイザックは特に反応しない。
だが周囲の生徒達は納得したような表情を見せていた。
「Cクラスは住民への被害を完全に防ぎました。これは非常に重要な成果です。そしてDクラスも予備隊として適切に機能し、最後の包囲完成に大きく貢献しました」
そこでクリスティーナは一度言葉を切る。
そして続く言葉は先ほどまでよりも厳しかった。
「ですが問題もあります」
広場が静まり返る。
「最大の失点は、盗賊達にこちらの存在を察知されたことです」
生徒達の表情が変わった。
横からリリアが口を挟む。
「見張りだって馬鹿じゃないんだよ。昨日まで静かだった森に急に人が増えたら変だと思うでしょ?」
軽い口調だったが内容は鋭い。
レオンも続ける。
「伝令の移動。足跡。装備の音。同じ場所を何度も通った痕跡。積み重なれば十分な情報になる」
一年生達は黙って聞いていた。
盗賊頭の言葉が脳裏に蘇る。
もし相手が半日早く動いていたら。
もし夜のうちに逃げ出していたら。
今回の作戦はもっと難しいものになっていただろう。
「それでも」
クリスティーナは最後に言った。
「一人も殺さず全員拘束したことは誇っていい成果です」
今度こそ広場の空気が緩んだ。
その後解散が告げられ、生徒達は帰還準備を始める。
そんな様子を少し離れた場所から見ながら、二年Sクラスもまた森の出口へ向かって歩き始めていた。
最初に口を開いたのはレオンだった。
「一年生にしては悪くなかったな」
「そうね」
クリスティーナも頷く。
「粗い部分は多かったけれど、思った以上だったわ」
そのやり取りを聞きながら、リリアはどこか楽しそうに笑っていた。
「私は西側が面白かったな」
自然と話題はそちらへ向かう。
レオンはすぐに頷いた。
「アルベルト・フォン・グランツか。確かに優秀だった」
伯爵家の四男。
今回の作戦でも中心人物の一人だった。
だがリリアだけは首を横に振る。
「違うよ」
その言葉に二人の足が止まった。
「違う?」
「うん」
リリアは楽しそうに笑う。
「アルベルトも凄かった。でも私が見てたのは別」
クリスティーナは何となく予想がついた。
そして案の定、次に出てきた名前は同じだった。
「レイン・クロード」
リリアは前を歩く一年生達を眺めながら続ける。
「戦闘中も必要以上に前へ出ないし、指揮を執ってたわけでもない。でも不思議なくらい必要な場所には必ずいるんだよね」
レオンは眉をひそめた。
「偶然じゃないのですか?」
「どうだろう」
リリアは少し考えるように空を見上げた後、再び前方へ視線を戻した。
「でもね。剣が強いだけなら沢山いるんだよ。魔法が上手い人もいる。でも戦場全体を見ながら動いてる子は意外と少ない」
その言葉にクリスティーナは黙った。
西側の戦いを思い返してみても、確かにレインは目立っていなかった。だが振り返れば振り返るほど、不思議なほど要所に姿があったことを思い出す。
リリアはそんな二人の反応を見て、再びいつもの笑顔を浮かべた。
「今度エドワードに頼んで生徒会室へ呼んでもらおうかな、あと彼相当強いよ」
その一言で空気が変わる。
レオンとクリスティーナは思わず顔を見合わせた。
二年Sクラスが一年生に興味を持つこと自体は珍しくない。
だが、リリアが興味を持ち生徒会室へ呼ぶとなれば話は別だった。
それは単なる興味ではなく、将来性のある人材として正式に注目しているという意味になる。
二人が驚いている間にも、当のレインは何も知らないまま帰還準備を進めていた。ロイ達と他愛ない会話を交わしながら歩く姿は、どこから見ても普通の一年生でしかない。
だが二年Sクラスの評価は確実に変わり始めていた。
盗賊討伐は終わった。しかし、この演習が残した影響はここから先の方が大きい。少なくともリリアはそう確信していたし、その予感は決して間違っていなかった。




