決着
森の各所で戦闘が始まっていた。
正面の廃村ではAクラスが一気に攻勢へ出る。
「前へ!」
カイルの号令が飛んだ。
もともと廃村へ残されていた盗賊は十数人。拠点を守るというより、仲間達が逃げる時間を稼ぐために残された人員だった。しかし、それでも戦い慣れた相手であることに変わりはない。朝靄の中で剣戟が交錯し、怒号が響き渡る。
それでも戦況は少しずつAクラスへ傾いていった。
人数も統率も生徒達が上回っている。
隊列を崩さず押し込み、前衛が下がればすぐに後衛が前へ出る。盗賊側にも実戦経験豊富な者はいたが、組織立った連携の前では次第に押し込まれていく。
やがて盗賊達は耐え切れなくなった。
「逃げたぞ!」
数人が森へ飛び込む。
だが、カイルは追撃命令を出さない。
「深追いするな! 拘束班を残せ! 残りは東と南へ急げ!」
昨夜決めた作戦通りだった。
Aクラスは廃村を制圧すると同時に戦力を再編し、各戦場への援軍として動き始める。
東側ではBクラスが逃走者を追い詰めていた。
アイザックは正面からぶつからない。
風魔法で落ち葉と砂塵を巻き上げ、視界を奪う。その隙に生徒達が位置を変え、少しずつ包囲を狭めていく。
盗賊達は突破を試みる。
しかし逃げた先には別の生徒が立ち塞がり、迂回した先にも待ち伏せがいる。
焦りが広がるにつれ連携は乱れ、一人、また一人と拘束されていった。
南側ではCクラスが村道を守っていた。
住民のいる方向へだけは絶対に通さない。
その一点に集中した防衛だった。
盗賊達も何度か突破を試みたが、生徒達は隊列を崩さない。前衛が受け止め、後衛が支え、確実に押し返していく。
十分ほどで盗賊達は突破を諦め始めた。
戦況は着実に包囲側へ傾いていく。
だが、その頃には本命が動いていた。
盗賊頭である。
男は最初から西へ向かっていた。
正面は囮。
東も南も、いずれ塞がれる。
逃げるなら西しかない。
長年の経験がそう告げていた。
しかし男は不用意に飛び出さない。
森の中で足を止め、静かに周囲を見回す。
静かすぎる。
だからこそ怪しい。
「……いるな」
小さく呟いた。
西だけが無防備なはずがない。
男は即座に判断する。
「三人前へ出ろ」
命じられた盗賊達は顔を見合わせた。
「頭……?」
「いいから行け」
三人が慎重に獣道へ足を踏み入れる。
その瞬間だった。
左右の茂みから複数の人影が飛び出した。
伏兵。
アルベルト達だった。
三人の盗賊は慌てて武器を抜くが遅い。数合と打ち合う間もなく囲まれ、次々と地面へ押さえ込まれる。
その様子を見た盗賊頭は小さく笑った。
「やはりか」
勘は当たっていた。
西にも伏兵がいる。
しかも相手は、自分達の考えを読んでいる。
男は剣を抜いた。
部下達も武器を構える。
アルベルトが一歩前へ出る。
「来ると思っていた」
「光栄だな」
盗賊頭は肩を竦める。
次の瞬間、双方が同時に動いた。
鋼がぶつかり合い、西の森へ甲高い音が響く。
盗賊達は左右へ散開し、生徒達へ斬り掛かる。
だが一年生達も慌てない。
二人一組で敵へ当たり、数の利を活かして押し返していく。
アルベルトは盗賊頭と正面から激突した。
重い一撃だった。
実戦を潜り抜けてきた剣は、一太刀ごとに重圧を伴う。
それでもアルベルトは真正面から力比べをせず、受け流しながら間合いを変え、相手へ休む暇を与えない。
互いに決定打は出ない。
その一方で周囲では生徒達が着実に盗賊を追い詰めていた。
一人の盗賊が包囲を振り切り、西へ駆け出す。
その先に立っていたのはレインだった。
盗賊は迷わず斬り掛かる。
鋭い踏み込み。
しかしレインは半歩だけ身をずらした。
剣先が空を切る。
次の瞬間にはレインの剣が相手の手元を正確に打ち払い、盗賊の剣が宙へ舞った。
体勢を崩した盗賊の背後へ素早く回り込み、足を払う。
男は受け身も取れず地面へ倒れ込み、近くの生徒達がすぐさま拘束した。
その一連の動きはあまりにも自然で、一瞬の出来事だった。
盗賊頭はその様子を見逃さなかった。
アルベルトも厄介だ。
だが、本当に警戒すべき相手は別にいる。
突破しようとすれば、あの少年が立っている。
その事実が男の動きを縛っていた。
戦いが続くにつれ盗賊達の数は減っていく。
一人拘束され。
また一人が倒される。
気付けば盗賊頭の周囲に残る部下は数人だけだった。
そして、その耳へ戦場の音が変わり始める。
廃村方面の怒号が減る。
東側の戦闘音も遠ざかる。
南側から聞こえていた魔法の炸裂音も止み始めた。
盗賊頭は僅かに眉をひそめた。
その時、森の奥から複数の足音が近付く。
飛び込んできた三人の生徒が、ほぼ同時に報告した。
「Aクラスより報告! 廃村制圧! 盗賊の拘束を開始しています!」
「Bクラスより報告! 東側封鎖成功! 逃走者も確保しました!」
「Cクラスより報告! 南側制圧! 突破者はいません!」
その瞬間、盗賊頭から最後の希望が消えた。
逃げ道は最初からなかった。
自分達が選ぶ道を、すべて読まれていたのだ。
そこへさらに森の奥から隊列を組んだDクラスが到着する。
「Dクラス到着!」
「包囲完了しました!」
盗賊達の顔から血の気が引いた。
「頭! まだやれます!」
若い盗賊が叫ぶ。
「学生相手だ! 押し切れば――」
「黙れ」
低い一言で森が静まる。
盗賊頭は周囲を見回し、最後にレインへ視線を向けた。
あの少年は最後まで一歩も慌てなかった。
逃げ道を塞ぐ場所に立ち続け、誰一人として突破を許さない。
男は小さく苦笑した。
「終わりだ」
ゆっくりと剣を地面へ置く。
乾いた音が森へ響いた。
「降参する」
残っていた盗賊達も次々と武器を手放していく。
アルベルトは即座に指示を飛ばした。
「拘束開始! 武器を回収しろ! 周囲の警戒も続ける!」
勝利に浮かれる者はいない。
生徒達は最後まで気を緩めず、一人ずつ盗賊を拘束していく。
レインも周囲へ視線を巡らせる。
伏せている者はいないか。
逃げ隠れした盗賊はいないか。
一つずつ確認を終えたところで、拘束された盗賊頭が静かに口を開いた。
「お前が読んだのか」
レインは小さく肩を竦める。
「皆で考えた作戦です」
盗賊頭は少しだけ笑った。
「……そういうことにしておこう」
朝日が木々の隙間から差し込み、長かった討伐戦は幕を閉じた。
盗賊達は一人残らず拘束され、一年生達にとって初めての実務演習は成功に終わる。
だが、それは同時に、多くの生徒が自分達の力と課題を知る一日でもあった。




