作戦会議
盗賊の拠点を発見した一行が集合地点へ戻った頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
拠点発見の報告はすぐに全体へ共有され、その日の捜索は終了となる。村の広場には各クラスの生徒達が集まり、あちこちで興奮した声が上がっていた。これまで噂や痕跡だけだった盗賊が、ついに実在する脅威として姿を現したのだ。
そんな中、村の集会所では別の会議が始まろうとしていた。
集められたのは各クラスの隊長、副隊長だけではない。戦術学や地理学の成績上位者、集団訓練で指揮能力を評価されている生徒達も呼ばれている。討伐を成功させるには剣の腕だけでは足りない。敵の動きを読み、味方を動かし、戦場全体を見渡せる人材が必要だった。
室内の中央には大きな机が置かれ、その上には周辺一帯の地図が広げられている。拠点の位置、見張り場、発見された焚き火跡、街道、獣道。今日一日で集められた情報が次々と書き込まれていた。
少し離れた壁際には二年生達の姿もある。
三人とも腕を組み、あるいは椅子へ腰掛けながら会議を眺めているだけだった。助言も口出しもしない。今回の主役は一年生達だ。
「まずは情報の整理からだな」
そう口を開いたのはアルベルトだった。
元Bクラス首席。
現在はAクラスへ昇格しているが、この場では誰も違和感を抱かない。むしろ彼が中心に立つことを自然に受け入れていた。
アルベルトは地図へ視線を落としながら話を進める。
「盗賊は推定三十名前後。拠点は廃村跡。周辺には見張り場があり、街道を監視していた形跡もある」
短く整理された言葉だったが、その内容だけで敵が単なる野盗集団ではないことが伝わってくる。
「三十人程度なら戦力差は十分だろう」
Dクラスの生徒が口を開いた。
「夜明け前に奇襲を仕掛ければ終わる」
何人かが頷く。
一年生だけでも百人以上いる。純粋な戦力差だけ見れば圧倒的だった。
「俺もそう思う」
別の生徒も続ける。
「見つかった以上、早めに叩くべきだ」
会議はそのまま奇襲案へ傾きかけていた。
だが、その時だった。
「妙だな」
アルベルトがぽつりと呟いた。
自然と室内が静かになる。
彼は地図を見たまま続けた。
「警戒心の強い集団にしては、発見までが早すぎる」
数人が眉をひそめる。
アルベルトは指先で地図をなぞった。
「見張り場がいくつかある」
「目印も使っている」
「轍は隠蔽されていた」
一つ一つを確認するように言葉を並べる。
「少なくとも無能な集団じゃない」
その評価に反論する者はいなかった。
実際、一行が見つけた痕跡はどれも組織的だった。行き当たりばったりの盗賊なら、あそこまで周囲へ気を配らない。
そこで今度は軍略組の一人が口を開く。
「元兵士かもしれないな」
「傭兵崩れの可能性もある」
意見が飛び交い始める。
ただの盗賊討伐だと思っていた空気が少しずつ変わっていく。
その時だった。
それまで黙っていたレインが口を開いた。
「発見までが順調すぎる」
全員の視線が集まる。
レインは特に気負う様子もなく地図を見た。
室内が静まり返る。
言われてみればその通りだった。
警戒心の強い集団なら、もっと隠せたはずだ。
「見つかった後を考えている可能性がある。今まで見つかりそうになったらその場を即時放棄して逃げてるね。森に逃げたら見つかりにくい、間違えなく逃走路をいくつか用意してるだろうね」
その一言で空気が変わった。
軍略組の生徒達も考え込む。
逃走路。
予備拠点。
撤退計画。
もし盗賊頭が元兵士なら、その程度の準備をしていても不思議ではない。
アルベルトも小さく頷いた。
「僕も同意見だ」
そして地図の南側を指差す。
「負けると判断したらここへ逃げる」
さらに別の方向を示す。
「こちらも候補だな」
気付けば会議の内容は討伐方法ではなく、敵指揮官の思考を読む方向へ変わっていた。
そこでレインが再び口を開く。
「まず勝利条件を決めた方がいい」
その言葉に全員が耳を傾ける。
「盗賊を倒すことか」
「盗賊頭を捕らえることか」
「拠点を制圧することか」
レインは静かに言った。
「違う」
そして地図の中央を指で叩く。
「逃がさないことだ」
その瞬間だった。
会議の流れが変わる。
討伐ではなく包囲。
制圧ではなく封鎖。
何人もの生徒が地図へ身を乗り出した。
「なら南を塞ぐ必要がある」
「東の森にも人を置くべきだ」
「予備戦力も欲しいな」
「見張りを捕らえる部隊も必要か」
議論は一気に活発になった。
今まで以上に。
戦場を想定した話し合いになっていく。
アルベルトはそんな様子を眺めながら、ほんの僅かに口元を緩めた。
夜間奇襲訓練、そして今回の作戦会議。
やはりレインは面白い。
この男は戦場で価値を持つ人材だ。
少なくともアルベルトはそう考えていた。
その頃、壁際では二年生達が相変わらず黙ったまま会議を見守っている。
最後まで一言も口を出さない。
だがクリスティーナだけは静かに頷いていた。
一年生だけでここまで辿り着いた。
それだけでも十分に評価する価値はある。
討伐は明日。
だが彼女達が見ている限り、この会議は決して無駄ではなかった。




