作戦会議
盗賊の拠点を発見した一行が集合地点へ戻った頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
報告はすぐに全体へ共有され、その日の捜索は終了となっている。広場では各クラスの生徒達が興奮した様子で今日の出来事を語り合っていた。これまで痕跡だけを追ってきた相手を、ついにこの目で確認したのだ。明日には討伐が始まる。その期待に胸を躍らせる者も少なくない。
だが、村の集会所だけは空気が違っていた。
集められたのは各クラスの隊長、副隊長だけではない。戦術学や地理学の成績上位者、集団訓練で指揮能力を評価されている生徒達も席に着いている。
室内中央の机には周辺一帯の地図が広げられ、焚き火跡、見張り場、街道、獣道、そして盗賊の拠点まで、今日一日で得られた情報が細かく書き込まれていた。
壁際にはクリスティーナ達二年生の姿もある。
しかし、誰も口を挟まない。
今回の演習で考え、決断するのは一年生達だからだ。
しばらく地図を見つめていたアルベルトが、静かに顔を上げた。
「一つ確認したい」
自然と全員の視線が集まる。
「この盗賊団は、決して無能じゃない」
異論は出なかった。
街道を見渡せる見張り場。
森に残された目印。
荷車の轍を隠そうとした跡。
どれも場当たり的に動く盗賊では思いつかない。
「元兵士かもしれないな」
「傭兵崩れって線もある」
そんな声が上がる中、アルベルトは静かに頷いた。
「僕もそう思う。だからこそ引っ掛かる」
そう言って地図へ視線を落とす。
「焚き火跡が見つかった。見張り場も見つかった。轍も追えた。そして拠点まで辿り着いた」
指先で廃村跡を軽く叩く。
「順調すぎるんだ」
室内が静まり返る。
確かに森は広い。
三十人規模の集団が痕跡を完全に消すのは難しいとしても、それでも発見までが早すぎる。
まるで、ここまで追って来ることを最初から想定していたようだった。
「……発見された後まで考えてるのか」
戦術学上位の生徒が小さく呟く。
「逃走路か」
「予備拠点かもしれない」
「撤退用のルートを準備してる可能性もある」
地図を囲んだ生徒達が次々に意見を交わし始める。
その時、それまで黙っていたレインが口を開いた。
「あると思います」
全員の視線が向く。
レインは地図から目を離さないまま続けた。
「拠点が見つかることくらい、最初から想定しているはずです」
静かな声だった。
だが、その一言で室内の空気が変わる。
盗賊団は勝つためではなく、生き残るために動く。
そう考えれば、逃走路を用意していても不思議ではない。
アルベルトも頷いた。
「僕も同じ考えだ」
彼は地図の南側を指した。
「逃げるなら、まずここ」
続いて東の森へ指を滑らせる。
「それと、この辺りも候補になる」
「谷沿いの獣道も怪しいな」
「見張りを押さえる部隊は必要だ」
「逃げ道を絞れれば包囲できる」
討伐方法を話し合っていた会議は、いつの間にか盗賊団の指揮官ならどう動くかを考える場へ変わっていた。
しばらく議論を聞いていたレインが、地図へ目を落としたまま静かに言う。
「まず、勝利条件を決めた方がいいと思います」
再び会話が止まった。
レインは廃村跡へ指を置く。
「盗賊を倒すことじゃない亅
誰も口を挟まない。
「頭を捕まえることでもない」
室内には紙をめくる音さえ聞こえない。
レインは全員を見渡し、静かに言った。
「一人も逃がさないことです」
その瞬間、会議の流れが変わった。
「だったら南側は絶対に塞ぐべきだ」
「東の森にも部隊を回そう」
「中央には予備戦力を置いた方がいい」
「見張り場も同時に制圧したいな」
次々と意見が飛び交い、地図の上には新たな線が引かれていく。
アルベルトはその様子を見つめながら、小さく笑みを浮かべた。
夜間奇襲訓練の時もそうだった。
目の前の敵だけではなく、その先の動きまで考えている。
だからこそ、議論が一歩先へ進む。
壁際ではクリスティーナが静かに頷いていた。
まだ経験は浅い。
だが一年生達は、自分達で考え、自分達で答えを導こうとしている。
その成長こそが、この演習最大の成果だった。




