覚悟2
説明会が終わっても、一年生達はすぐには解散しなかった。
広い訓練場のあちこちで生徒達が輪を作り、それぞれ話し合いを始めている。だが、その光景は普段の放課後とはどこか違っていた。
声はある。
人もいる。
それでも空気は妙に重い。
誰もが同じことを考えていた。
三日後、自分達は盗賊討伐へ向かう。
それは教師達が見守る訓練ではない。
夜間奇襲訓練のように、学校側が用意した状況でもない。
相手は本物の盗賊だ。
武器を持ち、人を襲い、人を殺してきた者達である。
討伐命令が出ている以上、戦闘になる可能性は高い。そして戦闘になれば、そこには命のやり取りが生まれる。
その現実が、一年生達の胸へ重くのしかかっていた。
Aクラスの集団からも普段のような笑い声は聞こえない。
Cクラスでは真剣な表情で部隊の動きを話し合い、Dクラスでは教師へ質問を続ける生徒の姿も見える。
学年全体が初めて「実戦」という現実と向き合っていた。
そんな中、Bクラスの生徒達も訓練場の端へ自然と集まっていた。
誰からともなく輪はできたものの、なかなか会話が始まらない。
普段ならロイが二年Sクラスの話題で騒ぎ、ガレンが呆れたようにため息をつき、周囲も笑っているはずだった。
だが今日は違う。
ロイは腕を組んだまま地面を見つめ、ガレンも無言のまま考え込んでいる。エリオットも難しい表情で視線を落としていた。
盗賊討伐。
その四文字は、十六歳の学生達が思っていた以上に重かった。
「なぁ……」
やがて一人の男子生徒が、おずおずと口を開く。
周囲の視線が自然と集まった。
「盗賊ってさ……」
そこで言葉が止まる。
だが、何を聞きたいのかは誰もが分かっていた。
「……殺しても、いいのか」
風だけが静かに訓練場を吹き抜ける。
それほどまでに、その問いは重かった。
盗賊は犯罪者だ。
人を襲い、金品を奪い、ときには命まで奪う。
だから騎士団は討伐へ向かう。
理屈では理解している。
それでも、相手が人間であることに変わりはない。
「捕縛優先って話だっただろ」
誰かがそう口にする。
しかし別の生徒が静かに首を横へ振った。
「向こうが大人しく捕まるならな」
「三十人近い武装集団だぞ」
「抵抗されたらどうするんだ」
小さな議論が広がっていく。
剣を振れば人は死ぬ。
魔法を放てば人は死ぬ。
それは誰もが知っている。
だが知識として理解していることと、自分の手でそれを行うことは、まったく別の話だった。
「俺は別に構わない」
腕を組んだままワルが言った。
「向こうだって殺す気で来るんだろ。だったら、やるしかない」
強気な言葉だった。
何人かが小さく頷く。
だがレインには分かった。
ワルの声には、わずかな硬さがあった。
本当に腹が据わっている人間は、自分から覚悟を口にしたりはしない。
だからこそ、その言葉は自分自身へ向けたものなのだとレインには分かった。
「実際は分からないさ」
レインが静かに口を開く。
皆の視線が集まった。
「その場になってみないと」
誰も反論しなかった。
今ここで覚悟を語ることはできる。
だが実際に刃を向けられた時、自分がどう動くのかは、その時にならなければ分からない。
仲間を守るために剣を振れるのか。
恐怖で足が止まるのか。
捕縛を選ぶのか。
それとも斬るのか。
答えを持っている者は、この場には誰もいなかった。
不安を隠せない者もいれば、黙って考え込む者もいる。
強がることで平静を保とうとしている者もいた。
だがレインは、その様子を見て小さく息を吐いた。
少なくとも、この場にいる誰も盗賊討伐を遊びや腕試しだとは思っていない。
それだけで十分だった。
恐怖を知る者ほど、生き残るために考える。
三日後に待っているのは実戦だ。
教室でも訓練場でもない。
人を襲い、人を殺してきた盗賊達が待つ、本物の戦場。
そして一年生達もまた、その現実から目を逸らすことなく、静かに受け止め始めていた。




