覚悟
訓練場へ姿を現した二年Sクラスの生徒達を見た瞬間、一年生達の空気は目に見えて変わった。
入学から九ヶ月。
誰もがSクラスという存在の意味を理解している。
アルディア王立騎士学校の頂点。
将来の騎士団幹部候補。
そして王国中から集められた才能達。
その中でも二年Sクラスは別格だった。
騎士学校へ入学する前から、七騎士団すべてから声を掛けられていた者もいるらしい。すでに卒業後の配属先候補として名前が挙がっている者もいるという噂は、一年生達の間でも有名だった。
もちろん真偽は分からない。
だが、目の前に並ぶ姿を見ると、その噂もあながち誇張ではないように思えた。
誰も威圧しているわけではない。
胸を張って実力を誇示している者もいない。
それでも自然と視線が引き寄せられる。
九ヶ月以上訓練を積んできた今だからこそ分かることがあった。
本当に強い人間には独特の余裕がある。
慌てず、焦らず、それでいて周囲への警戒を怠らない。
二年Sクラスの生徒達から感じるのは、まさにそうした空気だった。
先頭を歩くエドワードは相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
その隣にはクリスティーナが立ち、蒼い瞳で一年生達を静かに見渡していた。
さらにセシリアやクラウス、レオンら生徒会役員の姿も見える。
後方へ並ぶ他のSクラス生徒達も、それぞれが異なる雰囲気を纏っていた。
一年後、自分達もあの場所へ立つ。
そう思わせるだけの存在感が、彼らにはあった。
やがて一年Bクラス担任のバルトが一歩前へ進み出る。
「静かに」
決して大声ではなかった。
しかし百六十人の一年生達は即座に口を閉じた。
合同訓練は今日で終わった。
ならば次に来るものは一つしかない。
誰もがそれを理解している。
「これより実務演習の詳細を説明する」
広げられた地図には王都北西部一帯が描かれていた。
街道と複数の村。
そして交易路。
王都と地方都市を結ぶ重要な地域である。
「二ヶ月前より、この地域で商隊襲撃が発生している」
バルトは淡々と説明を始めた。
被害件数は十二件。
死傷者は七名。
盗賊団の規模は約三十名。
さらに剣士、弓兵、魔法使いの存在も確認されており、元傭兵が含まれている可能性も高いという。
数字だけを聞けば大したことがないと思う者もいるかもしれない。
だが一年生達の表情は真剣だった。
夜間奇襲訓練を経験し、三ヶ月に及ぶ合同訓練を乗り越えた今だからこそ分かる。
三十人の武装集団というのは、決して小さな脅威ではない。
「お前達の任務は盗賊団の討伐、または捕縛だ」
そこまでは予想どおりだった。
しかしバルトはそこで言葉を切ると、全員を見渡して続ける。
「ただし、敵を倒して終わりではない」
訓練場の空気が変わった。
「現地へ到着後、まず情報を集める。村人や商人から話を聞き、活動範囲を特定し、潜伏場所を発見する。その上で敵戦力を分析し、討伐計画を立案して実行する」
説明を聞きながら、レインは小さく納得していた。
だから三ヶ月もの準備期間が必要だったのだ。
だから各クラスの隊長と副隊長が選ばれた。
だから合同訓練で何度も編成を変え、人を見ろと言われ続けた。
盗賊を倒すだけなら、強い剣士を前へ並べれば済む。
しかし実際の任務は違う。
偵察に向く者も必要なら、情報整理が得意な者も必要になる。
伝令役もいれば後方支援役もいる。
部隊を動かすとは、そうした人材を把握し、適切な場所へ配置することなのだ。
「なお、捕縛可能であれば捕縛を優先しろ」
バルトはさらに続けた。
「盗賊は情報源でもある。背後関係、資金源、協力者。そうした情報を得なければ問題の根本的な解決にはならない」
単純な討伐演習ではない。
騎士団が実際に行う任務そのものだった。
「そして学校が見るのは戦闘能力だけではない」
統率力。
判断力。
情報収集能力。
報告能力。
そして指揮能力。
その全てが査定対象となる。
訓練場に立つ一年生達は静かに話を聞いていた。
もはや誰一人として、これを学校行事だとは思っていない。
そんな空気を感じ取ったのか、バルトは最後に二年Sクラスへ視線を向けた。
「今回の演習には二年Sクラスが同行する」
小さなどよめきが起こる。
しかし次の言葉で再び静まった。
「ただし、指揮権はない」
一年生達が顔を見合わせる。
そこで一歩前へ出たのはクリスティーナだった。
「私達は安全確保のため同行します。生命の危険が発生した場合のみ介入します。それ以外は皆様自身で判断してください」
優しい口調だった。
だが、その内容は厳しい。
つまり本当に危険な状況以外、二年生は手を貸さない。
一年生自身の判断で任務を遂行する。
それが今回の実務演習だった。
重くなった空気を和らげたのはレオンだった。
「そんな顔をするな」
豪快な笑い声が響く。
「死にそうになる前に助けてやる」
そう言って肩をすくめる。
「……多分な」
訓練場のあちこちから苦笑が漏れた。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
その様子を見届けると、エドワードが静かに一歩前へ出た。
穏やかな笑みを浮かべたまま、一年生達をゆっくりと見渡す。
「今回の主役は君達だ」
短い言葉だった。
だが、その一言だけで十分だった。
「私達は、その姿を見届ける」
静かな声が訓練場へ響く。
「君達がこの九ヶ月で何を学び、何を積み重ねてきたのか。その全てを」
誰も口を開かなかった。
九ヶ月。
入学以来積み重ねてきた訓練の日々。
査定。
ランキング戦。
夜間奇襲訓練。
そして三ヶ月に及ぶ合同訓練。
その全てが、この日のためにあった。
一年生達の表情から迷いが消えていく。
騎士候補生として臨む最初の実務演習。
その幕が、いよいよ上がろうとしていた。




