成長
合同演習を三日後に控えたその日、中央訓練場へ集まった一年生達の顔付きは、三ヶ月前とはまるで別人のように変わっていた。
Aクラスの生徒がDクラスの名前を呼び、Dクラスの生徒がBクラスの得意魔法を知っている。入学当初には考えられなかった光景だった。あの頃は自分のクラスだけで精一杯だったのである。査定順位ばかりを気にし、他クラスの生徒など競争相手でしかなかった。
だが今は違う。
放課後の合同訓練は、それほどまでに濃密だった。毎週のように編成が変わり、十人小隊を組み直し、時には二十人、三十人規模へ拡大された。前衛と後衛を入れ替え、伝令役を交代させ、回復役を守りながら戦線を維持する。最初は混乱の連続だった。前衛は突撃し過ぎて孤立し、後衛は味方を見失い、伝令は指示を途中で間違える。それでも失敗を繰り返すたびに互いの癖を覚え、役割を理解し、部隊としての形が少しずつ出来上がっていった。
誰が前線で力を発揮するのか。
誰が後方支援に向いているのか。
誰が冷静に周囲を見られるのか。
そして誰が仲間を鼓舞するのか。
今では多くの生徒が、それを自然と語れるようになっていた。
レインもまた同じだった。
Aクラスの優秀な剣士を知っている。Cクラスで的確な指示を飛ばす生徒を知っている。Dクラスには驚くほど精密な支援魔法を操る者がいることも知っていた。
ふと視線を向けると、以前同じ部隊で戦ったAクラスの生徒がDクラスの魔術師へ笑いながら声を掛けている。その隣では、BクラスとCクラスの生徒が次の演習について何やら話し合っていた。
三ヶ月前なら、まず見ることのなかった光景だった。
訓練場には一年生百六十人が整列していた。
入学式の日と同じ人数。
それでも漂う空気はまるで違う。あの頃の緊張や高揚は消え、代わりにあるのは静かな集中だった。
最前列には各クラスの上位陣が並んでいる。
三ヶ月前、生徒会へ呼び出された八人である。
やがてカイルが一歩前へ出た。
訓練場は自然と静まり返る。
三ヶ月前なら誰かが私語をしていたかもしれない。だが今は違う。全員が彼の言葉を待っていた。
「合同訓練は今日で終了だ」
簡潔な一言だった。
しかし誰も表情を崩さない。
カイルは一年生達をゆっくり見渡した。
「三ヶ月前、お前達は自分のクラスしか知らなかった」
その言葉に何人もの生徒が小さく頷く。
事実だった。
AクラスはAクラス。
BクラスはBクラス。
それぞれが別々の集団だった。
「だが今は違う」
カイルは続ける。
「剣が上手い者を知っている。魔法が得意な者を知っている。冷静な者を知っている。仲間を鼓舞する者を知っている」
短い言葉だったが、その重みは誰もが理解できた。
三ヶ月という時間をかけて積み上げてきた成果だからだ。
「騎士団は英雄一人で戦う組織じゃない」
カイルの声が訓練場へ響く。
「百人いれば百人の役割がある」
「それを理解できたなら、この訓練には意味があった」
レインは静かに周囲を見渡した。
この三ヶ月で何度も同じ部隊となった仲間がいる。
背中を預け合った相手がいる。
三ヶ月前には名前すら知らなかった相手の長所を、今なら迷わず口にできる。
それは自分だけではない。
この場にいる一年生全員が、同じ三ヶ月を積み重ねてきたのだ。
だからだろう。
合同訓練の終了を告げられても、達成感より先に胸へ浮かんできたのは、その先だった。
合同訓練は終わった。
準備期間も終わった。
次はいよいよ実務演習である。
その時だった。
訓練場の奥で小さなどよめきが広がる。
自然と一年生達の視線が向いた。
先頭を歩いていたのは、エドワード・フォン・グランベル。
王立騎士学校生徒会長。
その後ろには、生徒会役員や二年Sクラスの生徒達が静かに続いていた。
ただ歩いてくるだけ。
それだけで訓練場の空気が一段と張り詰める。
一年生達は誰一人として声を上げなかった。
それでも全員が理解していた。
合同訓練は終わった。
準備期間も終わった。
これから始まるのは訓練ではない。
王国から正式に依頼された実務演習。
学生としてではなく、一人の騎士候補生として臨む最初の任務。
その幕が、静かに上がろうとしていた。




