本質
全員の自己紹介が終わった後も、しばらく誰も口を開かなかった。
夕陽が教室へ差し込み、長く伸びた影が机の上を横切っている。先ほどまで初対面の者もいたはずだが、今はそれよりも盗賊討伐という言葉の方が遥かに大きな存在感を持っていた。
最初に沈黙を破ったのはミハイルだった。
「一つ聞きたい」
鋭い視線が全員を見渡す。
「今回の演習、本当に盗賊と戦うと思うか?」
その問いに誰もすぐには答えなかった。
質問の意味は理解できる。
戦うとは何か。
ただ剣を交えることではない。
相手は人間なのだ。
「可能性はあるだろうな」
そう答えたのはガルドだった。
「盗賊討伐と言う以上、武器を持った相手と対峙することにはなる」
「だが実際に斬り合うかは別だ」
ルークも腕を組んだ。
「教師が介入するかもしれん」
「王国軍が周囲を固めている可能性もある」
「そもそも演習だ」
当然の考えだった。
十六歳の学生に本物の戦場を経験させるとは考えにくい。
だが。
「それでも意味はある」
静かに口を開いたのはアイザックだった。
全員の視線が向く。
アイザックは机に肘を置きながら続けた。
「騎士になる以上、いつか人間と戦う、魔物だけを相手にする仕事じゃない」
教室が静まる。
誰も反論できない。
王国騎士団の役目は魔物討伐だけではない。
盗賊討伐、国境警備、反乱鎮圧、戦争。
相手が人間になることなど珍しくもない。
「学校側もそれを分かっているはずだ」
アイザックは続ける。
「だから俺は、この演習で見られるのは強さだけじゃないと思う」
「どういう意味だ?」ルークが尋ねる。
「人間相手に剣を向けられるか」
アイザックは淡々と言った。
「仲間が怪我をした時に動けるか予想外の事態で冷静でいられるか、そういう部分だ」
その言葉に教室の空気が重くなる。
夜間奇襲訓練とは違う
王国から正式に依頼された案件。
その事実がある。
「俺は別の見方をしている」
今度はカイルだった。
侯爵家の嫡男は静かに全員を見回した。
「今回の演習は盗賊討伐そのものが目的ではない、百人規模の部隊運用を学ばせるためだと思っている」
レインが少し興味を持つ。
百人規模。
確かに一年生全体ならそれに近い人数になる。
「騎士団へ入れば十人、二十人を率いることもある、さらに上へ行けば千人、万人を超える」
「その入口として考えれば納得できる」
ミハイルも頷いた。
「隊長と副隊長を事前に決めた理由にもなるな」
「単なる討伐なら必要ない」
カイルは続ける。
「生徒会長は人を見ろと言った」
「つまり戦う前から査定は始まっている」
「誰を前衛へ置くか、誰を後衛へ置くか、を伝令に使うか誰に補給を任せるか」
「そうした判断を見ている可能性が高い」
レインもその考えには納得できた。
盗賊三十人。
一年生百六十人。
数字だけを見ても釣り合いが悪い。
討伐そのものより、その過程に意味があるのだろう。
エドワードがわざわざ各クラス一位と二位だけを集めた理由もそこにある。
彼らは学生としてではなく、将来人を率いる者として呼ばれたのだ。
気付けば教室の空気は変わっていた。
盗賊討伐への不安は消えていない。
だが全員が理解し始めていた。
三ヶ月後に試されるのは剣技だけでも魔法だけでもない。
人を見る力。
人を使う力。




