本質
全員の自己紹介が終わった後も、しばらく教室に会話は生まれなかった。
窓の外では夕陽が傾き始めている。赤く染まった光が机の上を横切り、八人の影を長く伸ばしていた。
先ほどまで初対面だった者もいる。
しかし今、この場で誰もが考えていることは同じだった。
盗賊討伐。
王国から正式に依頼された実務演習。
生徒会長の口から聞いた時は実感が薄かったその言葉も、こうして静かな教室で向き合うと、まるで別の意味を持ち始めていた。
最初に沈黙を破ったのはミハイルだった。
「一つ聞きたい」
鋭い視線が教室を巡る。
「今回の演習、本当に盗賊と戦うと思うか?」
誰もすぐには答えなかった。
「可能性はあるだろうな」
最初に口を開いたのはガルドだった。
大柄な身体を椅子へ預け、腕を組む。
「盗賊討伐と言う以上、武器を持った相手と対峙することにはなる」
「だが、実際に斬り合うかは別だ」
ルークも静かに続ける。
「教師が介入するかもしれないし、騎士団が周囲に控えている可能性もある。そもそも演習だからな」
それは自然な考えだった。
十六歳の学生に、本物の戦場を経験させるとは考えにくい。
だが、一人だけ違う考えを口にした者がいた。
「それでも意味はある」
アイザックだった。
淡々とした声だったが、不思議と全員の視線が集まる。
「騎士になる以上、いつか人間と戦う」
机の上で指を組み、そのまま続けた。
「魔物だけを相手にする仕事じゃない。盗賊討伐もある。国境警備もある。反乱鎮圧もある」
誰も反論しなかった。
王国騎士団の役目は魔物討伐だけではない。
むしろ人を相手にする任務の方が多い。
「だから学校側が見たいのは強さだけじゃないと思う」
「何をだ?」
ルークが問い返す。
「予想外の状況で動けるか」
アイザックは迷いなく答えた。
「仲間が怪我をした時に冷静でいられるか。命令が届かなかった時に判断できるか。そして、人間に剣を向けられるか」
教室が静まり返る。
夜間奇襲訓練とは違う。
今回は、相手も意思を持った人間かもしれない。
その可能性だけで、胸の奥がわずかに重くなった。
「俺は少し違うな」
今度はカイルだった。
机の上で両手を組み、落ち着いた口調で話し始める。
「今回の演習は、盗賊討伐そのものが目的じゃない」
「どういう意味だ?」
ミハイルが尋ねる。
「部隊運用を学ばせることが目的なんじゃないかと思っている」
レインも思わず耳を傾ける。
「騎士団へ入れば、小隊を任される者もいる。さらに経験を積めば、より多くの人間を率いることになる」
カイルは全員を見渡した。
「その第一歩として考えれば、今回の演習は納得できる」
「隊長と副隊長を事前に決めた理由にもなるな」
ミハイルが静かに頷く。
単なる盗賊討伐なら必要ない。
三ヶ月も前から隊長候補だけを集め、説明する理由もない。
「生徒会長は、人を見ろと言った」
カイルがぽつりと呟く。
「つまり査定はもう始まっている」
その一言に、レインの脳裏へ夜間奇襲訓練でのバルトの言葉が浮かんだ。
――強い人間を探せ、ではない。
――使える人間を見ろ。
誰を前衛へ置くのか。
誰を後衛へ置くのか。
誰へ伝令を任せるのか。
その一つ一つの判断が、すでに評価対象なのかもしれない。
盗賊三十人。
一年生百六十人。
数字だけを見れば、戦力は十分すぎる。
ならば学校が見ようとしているのは、討伐の結果ではない。
そこへ至る過程。
人をまとめ、役割を見極め、仲間を動かす力。
レインは静かに息を吐いた。
生徒会でエドワードが口にした「隊長候補」という言葉。
あれは役職を告げたのではない。
試験の始まりを告げる言葉だったのだ。
教室を包む空気は、いつの間にか最初とは変わっていた。
盗賊討伐への不安は消えていない。
それでも全員が一つだけ理解し始めている。
三ヶ月後に試されるのは、剣技や魔法だけではない。
査定は、もう始まっているのだ。




