クラス代表
生徒会室を出た後も、誰からともなく会話が始まることはなかった。
盗賊討伐。
隊長と副隊長。
与えられた情報は決して多くない。それでも八人の胸中には、十分すぎるほどの重みを残していた。
階段を下り、一階へ差しかかったところで、先頭を歩いていた男子生徒が足を止める。
「少し時間はあるか」
声を掛けたのは、Aクラス首席のカイルだった。
自然と全員の視線が集まる。侯爵家の嫡男という肩書きを抜きにしても、彼には人を引き付ける何かがあった。背筋は真っ直ぐに伸び、落ち着いた立ち居振る舞いには、人を安心させる不思議な説得力がある。
「どうせ三ヶ月後には同じ演習へ参加する。互いをよく知らないまま当日を迎えるより、一度くらい話をしておいた方がいいと思ってな」
一瞬だけ沈黙が流れる。
だが、反対する者はいなかった。
隊長候補同士で顔を合わせる機会など、そう何度もあるものではない。今この場を逃せば、次に全員が揃うのは演習直前になる可能性すらあった。
「異論がないなら、少し付き合ってくれ」
数分後。
八人は近くの空き教室へ移動していた。
放課後の校舎は静かで、窓から差し込む夕陽が長く机を照らしている。自然と円を描くように席へ着くと、カイルは全員の顔を一人ずつ見渡した。
「まずは自己紹介から始めよう」
誰も異論はない。
カイルは軽く頷き、自ら口火を切る。
「Aクラス首席、カイル・フォン・アークレイだ。侯爵家の出だが、ここでは家柄より実力で付き合ってほしい」
飾らない一言だった。
その自然な物言いだけで、肩に入っていた力が少し抜けた者もいた。
続いて隣の青年が口を開く。
「Aクラス次席、ミハイル・フォン・ベルク。ベルク伯爵家の長男だ」
短く名乗ると、それ以上は何も続けない。
愛想が悪いわけではない。ただ必要以上を語る性格ではないのだろう。
その視線が今度はレイン達へ向けられる。
「Bクラス首席、レイン・クロードです」
レインは軽く笑みを浮かべた。
「平民です。剣と魔法を少しかじっています。よろしくお願いします」
当然ながら嘘だった。
しかし、それを見抜ける者はいない。
何人かが小さく反応する。平民でありながらBクラス首席というだけでも珍しい。
カイルは興味深そうにレインを見つめていた。ランキング戦の結果くらいは、すでに耳へ入っているのだろう。
「アイザック・レオンハルト」
次に立ち上がったのはアイザックだった。
「Bクラス次席。子爵家の次男です」
そこまで言って黙る。
誰もが続きを待った。
しかし本人は本当に終わったつもりらしい。
「……以上です」
教室に小さな笑いが広がる。
アイザックだけが、不思議そうに周囲を見回していた。
張り詰めていた空気が、その一瞬だけ柔らかくなる。
その後も自己紹介は続いた。
「Cクラス首席、ルーク・フォン・ハイゼンだ」
大柄な青年は照れくさそうに頭を掻く。
「男爵家の出だけど、正直言うと隊長なんて柄じゃない。剣を振るう方が性に合ってる」
その率直な物言いに、何人かの表情が自然と和らいだ。
「Cクラス次席、セレナライ・リーフェルトです」
栗色の髪を肩まで伸ばした少女が、静かに一礼する。
「商家の生まれです。戦いは得意ではありませんが、人の話を聞くことなら負けません。よろしくお願いします」
穏やかな口調だったが、不思議と安心感を覚える声だった。
続いて、巨体の男子生徒が立ち上がる。
「Dクラス首席、ガルド・フォン・レイナーク」
それだけだった。
騎士爵家出身ということだけを告げ、再び席へ腰を下ろす。
多くを語らない。
それでも鍛え抜かれた体格と静かな眼差しだけで、十分な存在感があった。
最後に、小柄な少女が少し緊張した様子で立ち上がる。
「Dクラス次席、リルリ・レインスです」
深く頭を下げてから、小さく笑った。
「平民です。皆さんの足を引っ張らないよう頑張ります」
控えめな言葉だった。
だが、この場にいる誰もその言葉を額面どおりには受け取らない。
一年生百六十人の中で、Dクラス二位まで上り詰めた実力は本物なのだから。
全員の自己紹介が終わると、教室に短い静寂が訪れた。
誰も口を開かない。
それでも互いの視線だけは自然と交わっていた。
誰が冷静に状況を見極める人間なのか。
誰が仲間をまとめる力を持っているのか。
そして、誰になら背中を預けられるのか。
答えはまだ分からない。
それでも、この場に集められた八人は全員理解していた。
三ヶ月後、自分達はそれぞれのクラスを率いて同じ戦場へ向かう。
その時、隣に立つ仲間のことを今より少しでも知っているかどうかが、結果を左右するかもしれない。
夕陽が教室を赤く染める中、八人は誰からともなく次の話題を切り出した。
三ヶ月後へ向けた準備は、その瞬間から静かに始まっていた。




