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英雄なのか?  作者: よろず
エルディオン連邦編 アストレア魔導公国

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実習授業3


探索そのものは、拍子抜けするほど順調に進んだ。


遺跡の東側は教授から聞いていた通り、比較的危険度の低い区域だった。崩れた石壁の隙間や地下水の流れる場所には目的の素材となる魔光苔が群生しており、時折姿を見せる魔物も、学園の実習で想定されている範囲を大きく外れるものではない。


最初に現れたのは、石床の亀裂から這い出してきた四体の洞窟蜥蜴だった。


「下がっていてください」


ナヤミがすぐに杖を構える。


左右へ散った男子学生二人も魔力を練り、短い詠唱とともに火球と風刃を放った。洞窟蜥蜴が散開したところへナヤミの土槍が石床から突き上がり、一体を仕留める。


残る三体も長くは保たなかった。


連携そのものは悪くない。


同じ帝国から来た学生同士ということもあり、互いの得意な魔法や動き方をある程度理解しているのだろう。誰か一人が突出することもなく、数分もしないうちに魔物はすべて倒された。


「さすがですね、ナヤミ様」


「この程度なら問題ありません」


男子学生から声を掛けられ、ナヤミは平静を装って答えた。


その直後、さりげなく後ろを見る。


イリシアはロロと一緒に倒された洞窟蜥蜴を眺めていた。


「綺麗に連携していますね」


「そうね。ナヤミは昔から慎重な方だったから」


聞こえてきた会話に、ナヤミの背筋がわずかに伸びる。


その後も三人は先頭を譲らなかった。


魔物が現れれば自分たちで対処し、分岐路では地図を確認して進路を決める。目的の素材を見つければ採取し、数量を記録していく。


やがて用意していた袋の中にも、少しずつ素材が溜まっていった。


「……あと少しですね」


男子学生の一人が袋の中身を確認する。


必要量までは、ほんのわずかに足りない。


ナヤミは簡易地図へ目を落とした。


現在地は第一班へ指定された探索区域の端に近い。ここまで確認した場所には、もう目立った群生地は残っていなかった。


「少し先まで行きましょう」


「ナヤミ様」


「深い場所ほど魔力が濃い。目的の素材も見つけやすくなるはずです。必要量を集めたら、すぐに戻ればいい」


二人も異論はないらしく頷いた。


だが、後ろからロロの声が飛んでくる。


「指定区域を越えるの?」


ナヤミが振り返った。


「大きく外れるつもりはありません。少し先を確認するだけです」


「この辺りでも探せば見つかると思うけれど」


ロロの意見はもっともだった。


実習である以上、わざわざ危険度の上がる場所へ踏み込む必要はない。


ナヤミもそれは理解している。


それでも、ここまで順調だった。


危険な魔物は現れていない。


何より――ここで引き返し、足りない素材を教授へ報告するより、自分たちの判断で必要量を揃えて戻った方がいい。


「本当に少しだけです。危険だと判断したら、すぐに戻ります」


ロロはイリシアを見る。


判断を委ねられたイリシアは少し考えてから、最後方へ視線を向けた。


そこには変わらず、一定の距離を保って立つレインがいる。


「大丈夫だと思います」


「イリシア?」


「何かあっても、レインさんがいますから」


あっさりとした答えだった。


レインは何も言わない。


護衛として同行している以上、本当に危険な状況になれば止めるつもりなのだろう。少なくとも、今の段階では学生たちの判断へ口を挟む様子はなかった。


「それなら、私は構わないわ」


ロロも了承する。


「ありがとうございます。では行きましょう」


ナヤミは笑顔で答えた。


ただ、歩き出した背中には先ほどまでとは違う硬さがあった。


男子学生二人も似たような表情をしている。


何かあってもレインがいる。


イリシアにとっては、それだけで十分な理由になるらしい。


三人にとって、それはあまり面白い話ではなかった。


遺跡の奥へ進む。


最初のうちは、景色に大きな変化はなかった。


だが一つ、また一つと階段を下りるにつれ、周囲の空気が変わり始める。


壁を覆う苔は減り、代わりに青白く光る鉱石が岩肌から顔を覗かせる。漂う魔力も濃くなり、時折聞こえてくる魔物の鳴き声にも低い響きが混じるようになった。


それでもナヤミたちは進んだ。


目的の素材も、予想通り見つかり始めている。


「やはり、こちらへ来て正解でしたね」


ナヤミが魔光苔を採取しながら言う。


あと少し。


必要量を満たすまで、本当にあとわずかだった。


その後ろで、ロロが声を落とした。


「ねえ、イリシア」


「はい?」


「彼、本当に護衛なの?」


視線の先にいるのはレインだった。


相変わらず数歩後ろを歩き、必要以上に会話へ入ろうとしない。ここまで魔物が何度も現れているが、一度として戦闘へ参加していなかった。


「そうですよ」


「腕は?」


イリシアは少し首を傾げた。


「私も、ちゃんと戦っているところはほとんど見たことがありません」


「え?」


予想外だったらしく、ロロが目を丸くする。


「でも、大丈夫だと思います」


「どうして?」


「リーヴェが信頼していますから」


それだけで十分だと言わんばかりだった。


ロロは一度レインを見て、それから苦笑する。


「あなた、昔から妙なところで思い切りがいいわね」


「そうでしょうか?」


「そうよ」


前を歩いていたナヤミの肩が、わずかに強張った。


男子学生二人も聞こえていたらしい。


三人とも何も言わない。


ただ、その直後から歩く速度がほんの少しだけ上がった。


やがて現れる魔物も変わった。


二体。


四体。


次は六体。


それまでなら短時間で片付けられていた戦闘が、徐々に長引き始める。


「右から来ます!」


「分かっています!」


ナヤミが土壁を作り、横から飛び込んできた魔物を防ぐ。その隙に男子学生が火球を叩き込むが、仕留め切れない。


別の一体が背後へ回った。


そこへ風刃が走る。


魔物の身体が横へ吹き飛び、石壁へ激突した。


魔法を放ったロロが杖を下ろす。


「前だけ見ないで。ここからは私たちも入るわ」


「……助かります」


ナヤミも反論しなかった。


その後の戦闘から、イリシアとロロも加わった。


状況は一変した。


特にイリシアの魔法は、十三歳の少女が扱うものとは思えないほど正確だった。威力そのものを必要以上に高めることなく、味方の位置を確認しながら魔物だけを撃ち抜いていく。


ロロも負けてはいない。


前衛が崩れそうになれば即座に援護し、魔物が横へ回れば先回りして進路を塞ぐ。


ナヤミたち三人も決して弱くない。


むしろ学生として見れば優秀な部類に入る。


だが二人が戦闘へ加わったことで、その差は嫌でも見えてしまった。


そして、その間も。


レインは一度も前へ出なかった。


最後尾からついてくるだけだった。


やがて魔物を倒し終え、荒くなった呼吸を整えていたところで、ロロが周囲を見渡した。


「……戻った方がいいわね」


今度はナヤミもすぐには反論しなかった。


ここまで来れば、最初の階層とは危険度が明らかに違う。


必要な素材もほぼ集まっている。


これ以上進む理由はない。


「そうですね。戻りましょう」


ようやく決まった方針に、男子学生二人も頷いた。


その時だった。


――ゴォン。


遺跡の奥から、低い音が響いた。


全員の動きが止まる。


何かが落ちた音ではない。


もっと重い。


一定の間隔を置いて、再び響く。


――ゴォン。


石床が微かに震えた。


「……何?」


ロロが杖を握り直す。


レインの視線が、暗い通路の奥へ向いた。


音は近づいている。


ゴォン。


ゴォン。


巨大な何かが歩いている。


やがて暗闇の向こうに、二つの赤い光が浮かんだ。


違う。


四つ。


六つ。


「嘘……」


男子学生の一人が呟いた。


闇の中から、巨大な前脚が姿を現す。


続いて現れた胴体は、人間など容易く踏み潰せるほど大きい。


そして、その上に並ぶ三つの頭。


鋭い牙の隙間から熱い息を吐き、六つの瞳が侵入者たちを捉える。


遺跡の深部を徘徊し、時に本来の生息階層すら越えて移動する魔物。


ダンジョンウォーカー。


その中でも、この遺跡で確認されている危険個体の一種。


三つ首の魔獣――ケルベロス。


ナヤミの手から力が抜けた。


杖の先が、わずかに下がる。


隣の男子学生も動かない。


もう一人も同じだった。


先ほどまで魔物を相手に戦えていた三人が、まるで石像のように立ち尽くしている。


無理もなかった。


目の前にいるのは、自分たちより少し強い程度の魔物ではない。


三つの頭だけでも人間の身体ほどあり、立ち上がれば大人の背丈を遥かに超える巨体が通路を塞いでいる。


十代の学生が初めて目にして、平然としていられる相手ではなかった。


だが。


「イリシア!」


「はい!」


二人だけは違った。


ロロが即座に前へ出て杖を構え、イリシアもその隣で魔力を練る。


驚いていないわけではない。


怖くないわけでもない。


それでも、身体が動いていた。


三つの頭。


巨体。


狭い通路。


逃げ道。


互いの位置。


二人の視線が素早く周囲を走る。


「……五人なら」


ロロが小さく呟いた。


イリシアもケルベロスから目を離さない。


「はい。倒せると思います」


ナヤミがようやく二人を見る。


「た、倒す……?」


「ただ――」


イリシアの表情から、先ほどまでの柔らかな雰囲気が消えていた。


「全員が無傷では難しいです」


ロロも短く頷く。


「重傷者が出る可能性はある。でも、五人で連携すれば死者までは出さずに済むと思う」


それは希望的な言葉ではなかった。


目の前の魔物と、自分たち五人の力量を見た上での判断だった。


ナヤミたちは言葉を失う。


同じ学生でありながら。


自分たちが動くことすらできなかった相手を前に、この二人はすでにどう戦えば勝てるのかを考えている。


ケルベロスの中央の頭が大きく口を開いた。


低い唸り声が遺跡を震わせる。


左右の頭も牙を剥き、巨大な身体が沈み込んだ。


来る。


ロロが杖を握り締める。


イリシアの周囲へ魔力が集まる。


その瞬間。


二人の間を、何かが通り過ぎた。


音すらなかった。


次の瞬間――。


ケルベロスの中央の首が、ずれた。


「……え?」


誰かが声を漏らす。


巨大な頭部が石床へ落ちた。


遅れて、左右の首も滑り落ちる。


三つの頭が、ほとんど同時に地面へ転がった。


巨体が一歩だけ前へ進み――そのまま力を失う。


轟音とともに石床へ崩れ落ちた。


誰も動かなかった。


何が起きたのか理解できない。


イリシアも。


ロロも。


ナヤミたち三人も。


ただ一人。


最後尾にいたはずのレインが、いつの間にか彼らの前に立っていた。


その手には剣が握られている。


レインは倒れたケルベロスをしばらく見つめ、動かないことを確認すると、静かに剣を下ろした。

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