実習授業
「皆さん、おはようございます」
広々とした講義室へ、一人の老教授がゆっくりと姿を現した。
ざわついていた室内が、自然と静まり返る。
半円状に並べられた座席には、およそ三十名の学生が集まっていた。
年齢も服装も様々だ。
十代半ばほどの少年少女もいれば、三十代、四十代と思われる魔導師の姿もある。
共通しているのは、誰もが魔法生物学を専門に学ぶ者たちということだけだった。
教授は教壇へ立つと、学生たちをゆっくり見渡した。
「本日は、魔法生物学実習を行います」
その一言で、教室の空気が少しだけ引き締まる。
「実習場所は、本学が管理する第三遺跡。皆さんには遺跡内へ入り、指定した魔物素材を採取していただきます」
そう言って教授は杖を軽く振る。
魔法陣が展開し、教室中央へ数種類の魔物素材が立体映像として映し出された。
鋭い牙。
黒く輝く魔石。
薄く透き通った羽。
魔力を帯びた尾針。
「採取した素材は、この後の講義や研究で実際に使用します。ただ持ち帰ればよいわけではありません。できる限り損傷を抑えた状態で回収してください」
数名の学生が真剣な表情で頷いた。
「なお、遺跡内に生息するは浅い層の魔物は、さほど危険度は高くありませんが油断は禁物です」
教授は続ける。
「今回は六班に分かれて行動します。一班五名。班ごとの連携も評価対象です」
そう告げると、教室後方の掲示板へ班分けが映し出された。
「第一班――」
学生たちの視線が一斉に向く。
イリシアも自分の名前を探した。
「イリシア・フォン・エーベルハルト……第一班ですね」
その隣には、カリン侯爵家嫡男の名。
さらに帝国出身の学生二名と、一人の女子学生の名前が並んでいた。
「同じ班ですね」
イリシアが穏やかに声を掛ける。
「よろしくお願いいたします」
カリン侯爵家嫡男も笑みを浮かべる。
「こちらこそ」
表面上は礼儀正しい。
しかし、その視線はイリシアの隣へ立つレインへ向けられていた。
最近になってイリシアの護衛へ加わった青年。
歳も近く、いつも当然のようにイリシアの傍にいる。
その存在が、どうにも気に入らない。
取り巻きの一人も小さく呟いた。
「護衛まで講義へ同行するのか」
その声はレインにも聞こえていたが、本人は特に反応を見せなかった。
教授が再び口を開く。
「本日の実習に限り、イリシア殿の護衛としてレイン殿の同行を認めます」
教室が少しざわついた。
「リーヴェ殿はご同行なさらないのですか?」
一人の学生が恐る恐る尋ねる。
教授は思わず苦笑した。
「リーヴェ殿ほどの実力者が同行されれば、学生たちは無意識に頼ってしまうでしょう。それでは本来の教育になりません。」
教室のあちこちから苦笑が漏れる。
世界でも名高い上位超越者が本気を出せば、この程度の遺跡に生息する魔物など相手にならない。
学生たちが学ぶ機会そのものがなくなってしまう。
「今回の目的は素材採取だけではありません。班で協力し、状況を判断しながら行動することも評価対象です」
教授はそう締めくくった。
リーヴェも静かに一礼する。
「承知いたしました。お嬢様のことは、レイン様へお任せいたします」
「お任せください」
短いやり取りだった。
その言葉へ疑問を抱く学生は少なくない。
若い護衛一人へ、帝国でも屈指の上位超越者が何の迷いもなく任せる。
その理由を知る者は、この場にはいなかった。
やがて各班は荷物を整え、学園が用意した馬車へ乗り込む。
市街地を離れること約一時間。
深い森を抜けた先に、巨大な石造遺跡が静かにその姿を現した。




