リーヴェの立ち位置
イリシア・フォン・エーベルハルトは、アストレア魔導学園でも指折りの有名人だった。
理由は一つではない。
ザルディア帝国でも有数の名門、公爵家の令嬢であること。
十三歳という若さでありながら、帝国では「百年に一人の天才魔導師」と称されるほどの実力を持ち、正式な招待を受けてアストレアへ留学していること。
そして何より、その評判が決して肩書きだけではなかったことだ。
「イリシアさん、この前の魔法陣構築論の課題、もう提出されたそうですね」
講義棟へ向かう途中、年上の学生が驚いたように声を掛ける。
「はい。昨日終わりました」
「昨日!? 提出期限はまだ十日以上ありますよ?」
「途中から面白くなってしまって……」
照れたように笑うイリシアへ、学生は苦笑を浮かべた。
そんなやり取りも、今では珍しくなかった。
実際に講義を受けた者ほど、イリシアの才能を認めていた。
講義を一度聞けば理論を理解する。
複雑な魔法陣を見れば構造を読み解く。
応用力も高く、教授が想定しなかった発想を平然と口にすることもある。
それでいて、自分の才能を鼻に掛けることは決してない。
分からないことがあれば素直に質問し、誰かが困っていれば身分に関係なく声を掛ける。
相手が教授であろうと、学生であろうと、研究員であろうと、あるいは工房の職人であろうと態度は変わらない。
帝国公爵令嬢らしい気品はある。
しかし貴族らしい傲慢さは一切なく、その人柄もまた、多くの学生や研究者から好意的に受け止められていた。
その整った容姿も相まって、学園内では男女を問わず憧れの存在になりつつある。
そして。
イリシアほど目立つ人物が歩けば、その周囲にいる者たちまで自然と注目を集める。
「あの方がリーヴェ様か……」
学生たちの視線は、イリシアの少し後ろを歩く女性へ向けられる。
落ち着いた所作。
隙のない立ち姿。
侍女として一歩引いた位置を保ちながらも、周囲へ静かな威圧感を漂わせている。
リーヴェ。
ザルディア帝国が誇る上位超越者。
帝国内でも十指に入る実力者として、その名は各国へ知れ渡っていた。
「本物を見るのは初めてだ……」
「帝国じゃ戦略級って言われてる人だろ?」
「そんな人が侍女兼護衛って、公爵家はどうなってるんだよ……」
驚きの声は後を絶たない。
もっとも、それ以上に最近話題となっていたのは別の人物だった。
「あの男が最近護衛に加わった人か」
「かなり若いよな」
「冒険者らしいぞ」
「護衛って聞いたけど、どれくらい強いんだ?」
視線の先にはレインがいた。
飾り気のない服装。
腰に一振りの剣。
必要以上に周囲へ視線を向けることもなく、静かにイリシアの隣を歩いている。
華やかさとは無縁。
それでも整った容姿と落ち着いた雰囲気から、自然と人目を引いていた。
「あの人、格好いいよね」
「うん。でも全然話しかけられる雰囲気じゃない……」
女子学生たちの小さな囁きが聞こえてくる。
もちろん、レイン本人はまるで気付いていない。
その隣を歩くエレアもまた、多くの視線を集めていた。
透き通るような銀髪。
整った顔立ち。
凛とした雰囲気。
リーヴェとはまた違う、大人の美しさを持つ女性だった。
「隣の人も護衛なんですか?」
「家庭教師も兼ねてるらしい」
「家庭教師?」
「イリシアさんに?」
「……何を教えるんだ?」
当然の疑問だった。
学園でも天才と評されるイリシアへ個人指導を行う人物。
その時点で、普通ではないことくらい誰にでも分かる。
だが、エレア自身は決して前へ出ようとしない。
静かにイリシアを見守り、必要な時だけ助言する。
その控えめな姿勢が、かえって周囲の興味を引いていた。
そして最後の一人。
「あっ、ピリカさん!」
魔導具工房から飛び出してきた学生が、大きく手を振る。
「おはよー!」
ピリカも満面の笑みで振り返した。
「昨日ありがとうございました!」
「今日も工房行くから、続きを見せてね!」
「もちろん!」
そのやり取りを見たレインが首を傾げる。
「もう知り合いですか」
「昨日、一緒に魔導具を分解したの」
「昨日だけで?」
「うん!」
エレアが思わず笑う。
「相変わらずですね」
ピリカは誰とでもすぐに打ち解ける。
年齢も身分も関係ない。
面白そうな研究をしていれば話しかけ、珍しい魔導具を見つければ目を輝かせる。
困っている人がいれば自然と手を貸す。
結界魔法や魔導具について語り始めれば専門家顔負けだが、それを鼻に掛けることもない。
だからこそ、一週間もしないうちに学園中へ知り合いを増やしていた。
「レインも少しは見習ったら?」
「何をですか」
「友達作り」
「必要になれば自然にできます」
「絶対できないと思う」
即答だった。
イリシアが思わず吹き出し、エレアも肩を震わせる。
そんな四人を少し後ろから見守るリーヴェだけが、小さく微笑んでいた。
帝国公爵家の天才令嬢。
世界的にも名高い上位超越者。
最近現れた謎の若い護衛。
美しい家庭教師。
そして誰からも好かれる少女。
そんな一行が毎日のように学園内を歩いていれば、目立たないはずがない。
事件以前からイリシアは有名人だった。
しかし今では学生たちの間で、こんな言葉が交わされるようになっていた。
「あっ、イリシアさんたちだ」
その一言だけで、誰もが同じ五人を思い浮かべる。
アストレア魔導学園において、彼らはすでに一つの顔となり始めていた。




