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英雄なのか?  作者: よろず
エルディオン連邦編 アストレア魔導公国

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アストレア魔導学園とは


事件解決から数日後。


朝の柔らかな陽射しがイリシア邸の庭を照らしていた。


玄関先には荷物をまとめたレイン、エレア、ピリカの三人が並んでいる。


失踪事件の調査は終わった。


冒険者ギルドから正式に受けた依頼も完了し、学園への報告も済ませている。


本来なら、今日この屋敷を出るつもりだった。


「この数日、本当にお世話になりました」


レインが頭を下げると、向かいに立つリーヴェも静かに一礼する。


「こちらこそ、皆様には楽しい時間を過ごさせて頂きました」


エレアは穏やかに微笑んだ。


「私たちも快適に過ごさせていただきました」


「料理も美味しかったしね」


ピリカが素直に笑う。


そんな和やかな空気の中、不意に屋敷の中から足音が響いた。


「待ってください!」


勢いよく玄関から飛び出してきたイリシアは、息を切らしながら三人の前で立ち止まる。


「本当に……行ってしまわれるのですか?」


レインは静かに頷いた。


「事件は解決しました。いつまでもお世話になるわけにはいきませんから」


イリシアは俯いた。


その小さな肩が、少しだけ震えている。


「……もっと、一緒にいていただきたいです」


その言葉に、三人は顔を見合わせた。


しばらく沈黙が流れる。


やがてリーヴェが一歩前へ出た。


「でしたら、お願いがございます」


レインたちが視線を向ける。


「事件は終わりましたが、お嬢様の護衛と家庭教師を、引き続きお願いできませんでしょうか」


「護衛と家庭教師ですか」


「はい。事件が終わったとはいえ、何が起きるか分かりません。それに、お嬢様も皆様との勉強を大変楽しみにしております」


イリシアは何度も頷いた。


「お願いします!」


真っ直ぐな瞳だった。


レインは少し考え、口を開く。


「それなら、お世話になる理由もできますね」


「ええ。居候ではなく、お仕事です」


エレアも賛成するように微笑む。


ピリカも肩を竦めた。


「私は魔導具とか結界なら教えられるしね」


イリシアの表情が一気に明るくなった。


「ありがとうございます!」


その笑顔を見て、リーヴェもどこか安堵したように微笑んだ。


こうして三人は、引き続きイリシア邸へ滞在することになった。


◇◇◇


その夜。


自室へ戻ったイリシアは机へ向かい、一枚の便箋を広げた。


アストレア魔導学園で起きた事件は、遅かれ早かれザルディア帝国にも伝わる。


それなら、自分から先に知らせておこうと思ったのだ。


母と姉たちへ宛てた手紙には、事件の経緯をできる限り詳しく綴っていく。


副学園長ギデオンのこと。


禁呪研究のこと。


教授殺害事件。


そして、以前の手紙でも紹介したレイン、エレア、ピリカの三人が事件解決へ大きく力を貸してくれたこと。


一方で、父へ宛てた便箋へ書かれた内容は、まるで違っていた。


『こちらは毎日とても楽しく過ごしております。


学園での勉強も充実しており、新しい魔法や魔導具を学ぶ日々です。


どうかご安心ください。』


それだけだった。


横で封筒を用意していたリーヴェが、小さく苦笑する。


「旦那様へのお手紙は、それだけでよろしいのですか?」


イリシアは真剣な顔で頷いた。


「本当のことを書いたら、お父様が来ます」


「それは……否定できません」


リーヴェも即座に同意した。


そこへ部屋へ入ってきたピリカが首を傾げる。


「来るだけ?」


リーヴェは少しだけ遠い目になった。


「護衛も来ます」


「何人くらい?」


「……以前、お嬢様が留学されると決まった時は、超越者を含め二十名ほど追加しようとしておられました」


「二十人!?」


ピリカが思わず声を上げる。


「止められたから今のお屋敷で済んでいますが、事件のことまで知れば、もっと大変なことになっていたでしょう」


イリシアは小さく頷いた。


「だから、お父様には安心していていただくのが一番なんです」


その言葉に、三人は苦笑するしかなかった。


過保護なのは十分すぎるほど伝わっていたからである。


一週間後。


アストレア魔導学園では、事件から一週間が過ぎてもなお、ギデオン元副学園長の話題が尽きることはなかった。


講義棟の廊下。


広大な図書館。


食堂。


研究棟へ続く石畳の道。


学生や研究者が集まる場所では、必ずと言っていいほど事件の話が聞こえてくる。


「やっぱり本当だったんだな」


「副学園長が教授を殺したって」


「地下に秘密の研究施設まであったらしい」


「禁呪を研究していたって聞いたぞ」


噂は日を追うごとに尾ひれが付き、事実と憶測が入り混じって広がっていた。


もっとも、学園側も何もしていなかったわけではない。


地下施設で活動していた研究者や学生たちは、全員が事情聴取を受けていた。


失踪者として扱われていた五人も例外ではない。


調査の結果、彼らが自ら地下施設へ出入りしていたこと、教授殺害へは一切関与していなかったこと、禁呪を人へ使用した事実も確認されなかった。


無断で地下施設を使用し、禁じられた知識を研究していたことについては学園として厳重な処分が下されたものの、犯罪者として拘束される理由はなかった。


事情聴取を終えた者たちは、それぞれ故郷へ帰る者、学園を去る者、研究の道そのものを諦める者など、それぞれの道を歩み始めていた。


一方、教授殺害と禁呪研究を主導していたギデオンについては、今なお厳しい取り調べが続いている。


学園長シンス自らが調査の指揮を執り、残された資料や関係者の証言を一つひとつ精査していた。


それでも学生たちにとって一番印象へ残ったのは、事件の真相よりも、副学園長という学園最高幹部が犯罪へ手を染めていたという事実だった。


その衝撃は、一週間程度では薄れることはなかった。


◇◇◇


そんな騒ぎとは対照的に、イリシア邸では穏やかな朝が流れていた。


食堂では朝食を終えたイリシアが嬉しそうに立ち上がる。


「それでは行ってまいります」


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


メイド達が優雅に一礼する。


レイン、エレア、ピリカも自然と立ち上がった。


屋敷を出る五人の姿は、すっかり日常の光景になっている。


事件が終わった今でも、レインは護衛として同行し、エレアは家庭教師を兼ねた護衛、ピリカも結界魔法や魔導具について助言を行う立場として共に学園へ通っていた。


屋敷から歩いて十分ほど。


白い石造りの巨大な正門が見えてくる。


その先に広がる光景を初めて目にした者は、誰もが同じ感想を抱く。


ここは、一つの学園ではない。


まるで一つの街だった。


正門から真っ直ぐ伸びる大通りを中心に、無数の建物が立ち並ぶ。


巨大な講義棟。


専門分野ごとに分かれた研究棟。


魔導具工房。


錬金術実験施設。


結界実験場。


古代文字研究所。


巨大な図書館。


実戦を想定した魔法演習場。


さらに奥には、教授個人へ与えられた独立研究棟まで点在している。


その規模は、一日歩いてもすべてを見て回れないほど広大だった。


アストレア魔導学園には、一般的な学園のような学年制度は存在しない。


大陸各地から才能ある魔導師や研究者が集まり、自ら望む分野を自由に学ぶ。


十歳ほどの天才児が高度な魔法理論を学ぶこともあれば、五十代を超えた魔導師が新たな魔導具理論を研究していることも珍しくなかった。


学生という呼び名こそ同じだが、その年齢も経歴も目的も、誰一人として同じ者はいない。


興味を持った講義へ出席し、研究室へ所属し、必要なら教授へ直接教えを請う。


知識を求める者へ、等しく門戸が開かれている。


それが、世界最高峰と呼ばれるアストレア魔導学園だった。

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