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英雄なのか?  作者: よろず
エルディオン連邦編 アストレア魔導公国

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227/306

事件のその後


翌日。


朝食を終えると、イリシアとリーヴェはいつもどおりアストレア魔導学園へ向かった。


副学園長が拘束され、教授殺害への関与まで明らかになったとはいえ、学園そのものが閉鎖されたわけではない。授業も研究も予定どおり行われると、早朝に学園側から連絡が届いていた。


もっとも、平常どおりの一日になるとは、誰も思っていなかった。


屋敷の前で二人を見送ったレイン、エレア、ピリカも、少し遅れて街へ出た。


向かう先は、アストレア冒険者ギルドである。


今回の失踪事件調査は、魔導学園から冒険者ギルドへ持ち込まれた正式な依頼だった。ギデオンの身柄を学園へ引き渡し、学園長シンスへ報告を終えたからといって、冒険者としての仕事まで完了したわけではない。


依頼完了の報告と、ギルド側での確認が残っていた。


朝の大通りを歩いている間にも、すれ違う人々の会話から何度もギデオンの名が聞こえてくる。


「本当に副学園長が捕まったのか?」


「教授を殺したことを認めたらしいぞ」


「失踪した研究員たちも関係しているんじゃないか?」


「禁呪を研究していたって話も聞いた」


事件が表沙汰になってから、まだ一日も経っていない。


それでも噂は学園の外へ広がり、事実と憶測を幾重にも重ねながら、すでに街中を駆け巡っていた。


前を歩いていたピリカが、小さく振り返る。


「もう話が広がってるね」


「人の話を止めるのは難しいですから」


エレアは苦笑したものの、訂正して回るつもりはないらしい。


副学園長という立場にあった人物が教授殺害を認め、禁呪研究との関係まで疑われている。学術都市アストレアにとって、これ以上ないほど大きな事件だった。


やがて三人は冒険者ギルドへ到着した。


建物へ足を踏み入れると、朝から依頼を求める冒険者たちで受付前は混雑していた。制服姿の学生冒険者も多かったが、その視線は依頼掲示板より、周囲で交わされる会話へ向いている。


ここでも話題は魔導学園の事件ばかりだった。


ただし、調査を担当した三人が今しがた自分たちの横を通り過ぎたとは、誰も気づいていない。


受付で名前を告げると、受付嬢は待っていたように立ち上がった。


「レイン様、エレア様、ピリカ様ですね。支部長より、到着されましたらすぐにお通しするよう申しつかっております」


三人はそのまま二階へ案内された。


受付嬢が支部長室の扉を叩く。


「支部長、三名をお連れしました」


「入れ」


中から返ってきた声に促され、レインたちは室内へ入った。


執務机の向こうに座っていたディルクは、三人の姿を確認すると手にしていた書類を机へ置いた。


「来たか。座れ」


示された応接用の椅子へ、三人は並んで腰を下ろす。


ディルクは改めて顔を見渡すと、普段より幾分落ち着いた声で告げた。


「この度はご苦労だった。今朝、学園側からも正式に礼を言われている」


机の上には、魔導学園から届いたらしい封書と数枚の報告書が置かれていた。


「改めて、俺からも礼を言わせてくれ。お前たちを推薦してよかった」


「俺たちは依頼を果たしただけです」


レインが答えると、ディルクは片方の眉を上げた。


「副学園長による教授殺害まで暴いておいて、ただの依頼達成で済ませるのか。妙なところで控えめだなお前達」


「教授殺害へ辿り着いたのは、ピリカのおかげです」


突然名前を出されたピリカが、すぐに首を横へ振った。


「レインとエレアがいなかったら、ギデオンを捕まえられなかったよ」


「だそうです」


エレアが小さく笑う。


ディルクは三人を順番に見た後、満足したように頷いた。


「それでいい。冒険者の仕事は、誰が一番目立ったかを競うことじゃない。全員が生きて依頼を終えることだ。手柄の取り分なんぞ、後から酒でも飲みながら好きに決めればいい」


もっともな言葉だったが、ピリカはまだ酒を飲める年齢ではない。レインが何か言うより先に、ディルクは机の上の報告書へ視線を落とした。


「しかし、何とも皮肉な話だ」


その言葉を聞き、レインは以前から抱いていた疑問を口にする。


「なぜギデオンは、自分に疑いが向く危険を冒してまで、冒険者ギルドへ調査を依頼したのでしょう」


自ら失踪事件へ関与していたのなら、外部の人間を学園へ招き入れる必要などない。


調査を行わせれば、どれほど入念に痕跡を隠していても、余計な危険が増えるだけだ。


ディルクは背もたれへ身体を預けた。


「対外的な理由だ」


短く答え、指先で報告書を軽く叩く。


「半年で五人が失踪している。研究員が二人、講師が一人、学生が二人だ。いくら学園内部の出来事とはいえ、いつまでも内々の調査だけで済ませられる数ではない」


失踪者の家族や所属する研究室からは、当然のように説明を求める声が上がっていた。学園上層部の間でも、内部調査だけでは不十分だという意見が強まり始めていたらしい。


このまま何の成果も示せなければ、より大規模な外部調査を受け入れざるを得なくなる。


そこでギデオンは、自ら冒険者ギルドへ依頼を出した。


「外部組織へ調査を頼めば、学園としてきちんと対応していると示せる。何もせず放置しているわけではないとな」


「時間稼ぎだったのですね」


エレアの言葉に、ディルクが頷く。


「ああ。地下で進められていた禁呪の解読が終わるまで、表向きだけでも調査している姿を見せる必要があったんだろう」


ギデオン自身が依頼人として窓口に立てば、冒険者が何を調べ、どこまで辿り着いたのかを常に把握できる。


危険な場所へ近づけば、情報を操作して別の方向へ誘導することも可能だった。


調査を依頼したという事実さえ残れば、成果が出なかったとしても、当面は学園上層部や失踪者の家族を納得させられる。


「それなら、もっと扱いやすい冒険者を選びそうだけど」


ピリカが首を傾げる。


ディルクは、わずかに口元を歪めた。


「そのつもりで、お前たちを選んだんだ」


「私たちを?」


「高位冒険者を入れれば、本格的に学園内部を探られる危険がある。かといって、あまりに実力の低い連中を寄越せば、形だけの調査だと見抜かれる。そこで選ばれたのが、国外から来たばかりのお前たちだ」


レインたちはアストレアへ来て日が浅い。


街の有力者や学園内部との繋がりもなく、魔導学園の派閥や対立関係にも詳しくない。表向きの等級も、学園全体を徹底的に調査できるほど高くはない。


それでも、俺が推薦する程度の実力は持っている。


ギデオンから見れば、外部へ調査の姿勢を示すには都合が良く、なおかつ自分の思いどおりに動かしやすい冒険者だったのだろう。


「お前たちはアストレアの事情を知らない。学園内部に知り合いもいない。大きな後ろ盾もなく、多少調査に慣れているだけの旅の冒険者。少なくとも、奴はそう判断したらしい」


ピリカが自分の胸元を指差す。


「私たち、簡単に誤魔化せると思われてたんだ」


「そういうことだ」


「失礼だね」


不満そうな言葉とは裏腹に、ピリカはそれほど腹を立てていない。むしろ、なぜ自分たちが選ばれたのか分かり、納得した様子だった。


エレアも困ったように笑う。


「表向きだけを見れば、間違った判断とも言い切れませんね」


「奴に足りなかったのは、判断力じゃない」


ディルクはそこで言葉を切り、三人を順番に見た。


やがて耐えきれなくなったように、口元を大きく歪める。


「運だ」


次の瞬間、豪快な笑い声が支部長室へ響き渡った。


「まさか奴も、自分から死神を懐へ招き入れたとは、夢にも思わなかっただろうな!」


机の上の書類が震えるほどの笑い声に、レインは困ったように眉を下げる。


「殺してはいません」


「物の例えだ。それくらい分かれ」


「死神って誰のこと?」


ピリカがレインとエレアを交互に見る。


「三人ともだ」


ディルクは迷うことなく答えた。


「私も?」


「結界を解き、証拠を突きつけて自白させた張本人が何を言っている」


ピリカは少し考えた後、悪くない呼び名だと思ったのか、満足げに頷いた。


「じゃあ、三人組の死神だね」


「妙な呼び名を広めないでください」


エレアが即座に止める。


ディルクは再び声を上げて笑った。


ひとしきり笑った後、依頼書を取り出し、完了を示す印を押す。


「これで依頼は正式に完了だ。報酬は一階の受付で受け取れ。学園側から追加報酬も出ている」


「追加ですか」


「失踪者の調査だけでなく、教授殺害まで解明したんだ。最初の報酬だけで済ませたら、今度は学園長の面子が立たん」


レインはそれ以上断らず、軽く頭を下げた。


用件を終え、三人が立ち上がる。


扉へ向かおうとしたところで、背後からディルクの声が飛んできた。


「レイン」


振り返ると、先ほどまで笑っていたディルクの表情がわずかに変わっていた。


「お前たちが何者なのか、俺から聞くつもりはない。冒険者には、話したくない事情の一つや二つあるものだ」


レインは黙って続きを待つ。


「だが、アストレアにいる間に厄介事が起きたら、遠慮なくここへ来い。今回働いてもらった借りくらいは返す」


数秒、ディルクを見つめた後、レインは静かに頷いた。


「ありがとうございます」


三人は支部長室を後にした。


一階の受付で依頼報酬を受け取る頃には、ちょうど昼時を迎えていた。


そのままギルド内の酒場へ向かうと、広い店内は冒険者や学生たちで埋まっている。壁際に空いていた席を見つけ、三人は昼食を取ることにした。


料理が運ばれてくるまでの間も、周囲から聞こえてくるのは魔導学園の話ばかりだった。


「副学園長が教授を殺したって、本当らしいぞ」


「地下に禁呪を研究する施設があったんだろ?」


「失踪した五人も殺されたんじゃないか?」


「いや、学園長と副学園長の権力争いだったって聞いたぞ」


「昨日の夜、図書館で大規模な戦闘があったらしい」


事実もあれば、誰が言い始めたのか分からない話もある。


少なくとも、大規模な戦闘など起きていない。ギデオンは魔術を放つどころか、杖を構えた直後にエレアによって凍らされている。


ピリカは運ばれてきた煮込み料理を口へ運びながら、近くの卓へ視線を向けた。


「大規模な戦闘だって」


「一方的に凍らされたことを戦闘と呼ぶのなら、間違いではないかもしれません」


エレアは何でもないことのように答える。


「叫ぶ暇もなかったけどね」


「それをわざわざ説明する必要はありません」


レインは二人の会話を聞きながら、騒がしい酒場を見渡した。


冒険者。


学生。


商人。


研究者。


これまでごく一部の者しか知らなかった失踪事件は、ギデオンの拘束を境に、街全体を騒がせる大事件へ変わっていた。


だが、人々が知っているのは断片にすぎない。


ギデオンが教授を殺したこと。


禁呪研究と何らかの関係を持っていたこと。


それ以外の事実は、まだ正式に明らかにされていなかった。


昼食を終えた三人は、騒がしい冒険者ギルドを後にした。


イリシア邸へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


夕方になると、学園へ行っていたイリシアとリーヴェも帰ってくる。


応接室へ入るなり、イリシアは疲れたように息を吐いた。


「今日は、どこへ行ってもギデオン副学園長のお話ばかりでした」


授業は予定どおり行われたものの、教授も学生も落ち着かず、休み時間になるたびに廊下や教室で事件について話す声が聞こえていたという。


「授業中も、先生が何度か説明を間違えていました」


「それは珍しいですね」


エレアが尋ねると、イリシアは大きく頷く。


「はい。途中から学生の方に指摘されていました」


リーヴェも席へ着きながら、静かに続ける。


「学園内では、ギデオン副学園長が失踪事件のすべてに関わっていたという噂まで流れています。学園側も、正式な発表を急いでいるようでした」


「ギルドも似たようなものだったよ」


ピリカが昼間に聞いた噂を話し始める。


教授殺害。


地下の禁呪施設。


学園長との権力争い。


そして、実際には起きてもいない大規模戦闘。


一つ話すたびに、イリシアの表情が驚きから困惑へ変わっていった。


「そんなお話になっているんですか?」


「噂とは、そういうものです」


エレアの言葉に、リーヴェも同意するように頷く。


学園でも、冒険者ギルドでも、街の至る所でも、人々はギデオンの話をしている。


しかし、その誰も事件の全容を知らない。


レインは応接室の片隅へ視線を向けた。


そこには、イリシアが父親から持たされた小さな魔法のバッグが置かれている。


外見だけなら、どこにでもある上質な鞄にしか見えない。


だが、その中には地下施設から運び出された禁書や研究資料、魔導具のすべてが収められていた。


今や街中を騒がせている事件の核心が、誰にも知られることなく、この屋敷に保管されている。


ギデオンを捕らえたことで、失踪事件は大きく動いた。


だが、まだ終わったわけではない。


残された研究者たちをどうするのか。


そして、手元に残った禁じられた知識を、これからどう扱うのか。


次に向き合わなければならない問題は、すでに彼らの目の前へ置かれていた。

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