厄介事
「さて」
エドワードが穏やかな笑みを浮かべながら口を開くと、生徒会室にいた全員の視線が自然とレインへ向けられた。
王国有数の家柄を持つ者ばかりに囲まれている状況だが、不思議と威圧感はない。むしろ居心地が悪いのは、彼らが品定めをするような目ではなく、珍しい存在でも見るような興味深そうな視線を向けているからだった。
「君を呼んだ理由について話そう」
エドワードは机の上の書類を手に取ると、一度室内を見回す。
「まず確認しておく。この話は、正式に発表されるまでは口外禁止だ」
レインが静かに頷くのを確認し、エドワードは話を続けた。
「例年、第3回査定前には一年生全員を対象とした総合演習が実施される」
演習。
騎士学校にいる以上、いつかは経験するものだとは思っていた。しかし、生徒会がわざわざ自分を呼び出してまで伝える話なのか。その疑問が表情に出ていたのだろう。
エドワードは小さく笑みを消した。
「ただの訓練ではない。王国から正式に依頼を受けて行う実務演習だ」
室内の空気がわずかに引き締まる。
「内容は実際の騎士団任務に近い。今年予定されているのは盗賊討伐だ」
レインは思わず聞き返した。
「一年生に、ですか?」
「一年生だからこそだ」
答えたのはレオンだった。
椅子へ深く腰掛けたまま、豪快に笑う。
「騎士学校は騎士を育てる場所だ。訓練場の中だけで剣を振って卒業しても意味がないだろう?」
その言葉には妙な説得力があった。
レインも反論はできない。
セシリアが手元の資料へ視線を落としたまま説明を引き継ぐ。
「演習結果は第3回査定にも大きく影響します。戦闘能力だけではなく、判断力や協調性、指揮能力なども評価対象です」
「さらに今回は、生徒会も演習の運営補助と監督役として参加する予定になっている」
エドワードが言葉を継いだ。
「だからこそ、事前に君と話をしておきたかった」
ようやく生徒会が呼び出した理由に納得がいく。
「そして君は、その中心に立つ可能性が高い」
エドワードの静かな一言に、レインは嫌な予感しかしなかった。
「ちなみに拒否権は?」
「ない」
即答だった。
しかも誰一人として異論を挟まない。
レインは思わず天井を仰ぐ。
面倒事の匂いしかしない。
「近いうちに各クラスの上位者を集めた説明会が開かれる。その場で正式な概要も説明されるだろう」
エドワードは書類を机へ戻した。
「今日は顔合わせと、心構えを伝えるために来てもらった」
そこで一度言葉を切る。
先ほどまでの柔らかな笑みは消え、その瞳だけが真っ直ぐレインを見据えていた。
「最後に一つだけ覚えておいてほしい」
室内が静まり返る。
「騎士団が本当に評価するのは、一番強い者じゃない」
一拍置いて、静かに告げる。
「人を生かせる者だ」
その言葉を聞いた瞬間、レインの脳裏に夜間奇襲訓練でのバルトの講評がよみがえった。
戦場で問われるのは、個人の武勇だけではない。
誰が戦線を支え、誰が仲間を生き残らせるのか。
騎士団もまた、その一点を見極めようとしているのだろう。
「今日は以上だ」
エドワードの言葉で話し合いは終わった。
生徒会室を後にしたレインは、廊下へ出るなり小さく息を吐く。
どうやら平穏な学校生活は、また少し遠ざかったらしい。
翌日。
その予感は、朝一番で現実になった。
教室へ足を踏み入れた瞬間、レインは同級生達に取り囲まれる。
「おいレイン! アイザックにどうやって勝ったんだよ!」
「生徒会に呼ばれた理由は?」
「クリスティーナ先輩と何を話したんだ?」
「リリア先輩って本当にあんな感じなのか!?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、レインは朝から頭を抱えたくなった。
特に最後の質問だけは、どう答えればいいのか分からない。
ロイなどは完全に面白がっている。
「お前だけ別世界に行ってるよな」
「行ってない」
「いや、行ってる」
即答だった。
周囲も揃って頷いている。
レインは適当に受け流しながら席へ向かったが、それで終わるはずもなかった。
昼休みになれば再び質問攻め。
午後になっても話題は尽きない。
結局、レインが口にしたのは一つだけだった。
「近いうちに演習があるらしい」
その一言で、教室の空気が変わる。
盗賊討伐という内容までは伏せたが、それだけで十分だった。
実戦形式の演習。
しかも、第3回査定前。
誰もが、それが大きな評価対象になることを理解している。
先ほどまで騒いでいた生徒達も次第に真剣な表情へ変わり、自然と演習の話題へ移っていった。
その様子を眺めながら、レインは窓の外へ視線を向ける。
まだ詳細は分からない。
だが、生徒会の空気は、あれを単なる学校行事とは考えていなかった。
近いうちに、自分達は訓練場の外へ出る。
そんな予感だけが、胸の奥へ静かに残り続けていた。




