生徒会の面々
「レイン・クロード君」
澄んだ声に呼ばれ、レインが振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。
夕陽を受けた銀色の長髪が淡く輝いている。整えられた制服に乱れはなく、その胸元には生徒会の徽章が付けられていた。
彼女の姿を認識した瞬間、訓練場を満たしていた空気がわずかに変わる。
誰かが声を上げたわけではない。それでも周囲の生徒達は自然と道を開き、現れた女子生徒へ視線を向けていた。
生徒会。
その肩書きだけで、一年生達にとっては十分すぎるほどの存在感がある。
「クリスティーナ先輩だ……」
「副会長じゃないか」
「本物を見るの、初めてだ……」
「やっぱり綺麗だな」
囁くような声が周囲から聞こえてくる。
しかし、クリスティーナ本人は気にした様子もなく歩みを進め、そのままバルトの前で立ち止まった。
「お久しぶりです、バルト教官」
そう告げると、クリスティーナは優雅に一礼した。
その動作は驚くほど自然で、礼儀作法に詳しくないレインでさえ、美しく洗練されていることだけは分かった。
バルトは腕を組んだまま、目の前に立つ彼女を見下ろす。
「アークレイド家の娘か」
「はい」
短い返答だったが、その態度にはバルトに対する明確な敬意が込められていた。
元第四騎士団第十席。
現役を退いてなお、バルトは王国騎士として名を知られた人物である。生徒会副会長であっても、軽い態度を取れる相手ではないのだろう。
「生徒会長の使いだな」
「その通りです」
バルトは小さく鼻を鳴らした。
「なら、好きに連れて行け」
「ありがとうございます」
許可を得たクリスティーナは再び一礼すると、今度はレインへ視線を向けた。
透き通るような蒼い瞳だった。
冷たい印象はない。しかし、目の前の相手を静かに観察しているような鋭さがある。
「改めまして、クリスティーナ・フォン・アークレイドです」
副会長自ら名乗ったため、レインも軽く頭を下げた。
「レイン・クロードです」
「存じています」
当然の返答だった。
知らない相手をわざわざ呼びに来るはずがない。
「生徒会長が、あなたとお話ししたいそうです。お時間をいただけますか」
やはり、その話だった。
レインは表情には出さず、内心で小さくため息を吐いた。
試合が終わった時から、何となく予感はしていた。断れるような空気ではないし、仮に断れたとしても、後で余計に面倒なことになる気しかしない。
「分かりました」
クリスティーナは静かに頷く。
「では、参りましょう」
二人は並んで訓練場を後にした。
背後では、生徒達が先ほどの試合について騒ぐ声がまだ続いている。だが、その声も訓練場から離れるにつれて、次第に遠ざかっていった。
校舎へ入ると、夕陽が長い廊下を赤く染めていた。
放課後ということもあり、廊下にはまだ多くの生徒が残っている。しかし、クリスティーナとすれ違うたびに誰もが足を緩め、自然と道を譲っていた。
中には立ち止まり、挨拶を送る者もいる。
クリスティーナは、その全てに丁寧に応じていた。
高圧的な態度を取るわけではない。それでも、周囲の生徒達は彼女に敬意を払っている。
副会長という肩書きだけが理由ではないのだろう。
その理由が、レインにも少しだけ分かった気がした。
二人は階段を上り、校舎の四階へ向かう。
そこから先は、これまで歩いてきた場所とは空気そのものが違っていた。
壁には王国地図や歴代生徒会長の肖像画が飾られ、騎士団や王国の主要機関へ進んだ卒業生達の記録も整然と並んでいる。
学校の中でありながら、王国の中枢機関を思わせるような空気が漂っていた。
レインが壁へ目を向けていると、前を歩いていたクリスティーナが振り返らずに尋ねる。
「気になりますか」
「少し」
「ここは生徒会室へ続く廊下です。生徒会に関係のない生徒が訪れることは、ほとんどありません」
それだけで十分だった。
この場所が、学校の中でも特別な区画なのだと理解できる。
やがて、廊下の奥に重厚な木製の扉が見えてきた。
扉の中央には、生徒会の紋章が刻まれている。
クリスティーナはその前で立ち止まると、軽く扉を叩いた。
「レイン・クロード君をお連れしました」
「入ってくれ」
室内から男性の声が返ってくる。
クリスティーナが扉を開き、レインは促されるまま中へ足を踏み入れた。
生徒会室は、想像していた以上に広かった。
普通の教室よりも一回り以上大きく、壁一面を覆う本棚には大量の書籍や資料が収められている。中央には大きな机が置かれ、その周囲には数人の生徒が座っていた。
室内にいたのは、いずれも二年Sクラスに所属する生徒会の主要メンバーだった。
王国の将来を担う者として、すでに騎士団や各家から注目されている者ばかりである。
「ようこそ」
最初に声を掛けたのは、中央の席に座っていた青年だった。
柔らかな笑みを浮かべながら立ち上がる。
その顔には見覚えがあった。
入学式で新入生を前に演説していた、生徒会長である。
「初めまして、レイン君」
青年は穏やかな口調で名乗った。
「エドワード・フォン・グランベルだ」
侯爵家嫡男にして生徒会長。二年Sクラス第五位に名を連ねる実力者でもある。
肩書きだけを考えれば、一年生が気軽に話せる相手ではない。
「こちらは副会長のクリスティーナ。すでに挨拶は済んでいるようだね」
エドワードの言葉に、クリスティーナは静かに会釈した。
「そして、会計のクラウス・フェン・アインベルクだ」
眼鏡を掛けた青年が、机の上に積まれていた書類から顔を上げる。
「君のことは聞いている」
短く告げると、クラウスはすぐに書類へ視線を戻した。
どうやら仕事の途中だったらしい。
「こちらは書記のセシリア・フォン・ローゼン」
金髪の少女が、座ったまま優雅に一礼する。
「夜間奇襲訓練の報告書は読ませていただきました」
その一言を聞いた瞬間、レインの中にあった嫌な予感が少しだけ強くなった。
教師達が報告書に何を書いたのか、急に気になってくる。
そして最後に、窓際に立っていた青年が勢いよく身を起こした。
「お前がレインか!」
室内へ豪快な声が響く。
日に焼けた肌と、制服越しにも分かる鍛え抜かれた体格。貴族の子弟というより、すでに前線へ立つ騎士のような雰囲気を持っている。
青年は満面の笑みを浮かべた。
「レオン・フォン・バルツだ。さっきの試合、面白かったぞ!」
その言葉だけで、彼がどのような性格なのか何となく伝わってきた。
生徒会の主要メンバーとの顔合わせを終えると、レインは促されるまま用意された椅子へ腰を下ろした。
王国有数の貴族であり、未来の騎士団幹部候補でもある面々に囲まれているにもかかわらず、レインは特に緊張した様子も見せず、静かに背もたれへ体を預ける。
その姿を見て、エドワードがわずかに目を細めた。
やがて小さく笑い、机の上で両手を組む。
「さて」
穏やかな笑みは変わらない。
だが、その一言を境に、生徒会室の空気がわずかに引き締まった。
「君を呼んだ理由について、話そうか」




