レインの実力
試合終了を告げるバルトの声が訓練場へ響いても、熱気はなかなか収まらなかった。
観客席のあちこちで興奮した声が飛び交い、生徒達は誰もが今見た試合について語り合っている。しかし、その会話の内容は勝敗そのものではない。
誰もが同じ疑問を抱いていた。
アイザックが敗れた。
その事実だけは誰の目にも明らかだった。しかし、どうやって敗れたのかを説明できる者は一人としていない。
砂塵が晴れた時には全てが終わっていた。
レインの木剣はアイザックの首筋へ突き付けられ、アイザック本人も何が起きたのか理解しきれていないような表情で立ち尽くしている。勝敗だけが残り、その過程だけが綺麗に消えてしまったかのようだった。
「見えた奴いるか?」
「いや、全然だ」
「最後に何が起きたんだよ」
「それを聞きたいのはこっちだ」
困惑と興奮が入り混じった声が訓練場中へ広がる。
その中でも一際騒がしかったのはロイだった。
「すげぇなレイン!」
人混みを押し退けるように駆け寄ると、そのまま勢いよく肩を叩く。
「お前いつの間にあんな技覚えたんだよ!」
「別に技じゃないよ」
レインは苦笑した。
「アイザックの砂塵が一瞬弱まったんだ。その時に風に乗ったら偶然後ろへ出られただけだよ。魔力がもう少し残ってたら負けてたのは俺の方だった」
当然ながら嘘だった。
実際には偶然でも何でもない。ただ普通に素早く後ろへ移動しただけである。
もっとも、その説明を聞いた生徒達は納得半分、疑念半分といった表情だった。
それでも一年生からすれば十分に理解不能な勝ち方である。疑ったところで真相へ辿り着ける者はいない。
少し離れた場所ではワルが無言で試合場を見つめていた。
胸の奥に悔しさがないわけではない。
アイザックは自分より上だと認めていた相手だった。そのアイザックが敗れた以上、自分とレインの差は以前考えていたより遥かに大きいのだろう。
だが、不思議と苛立ちはなかった。
夜間奇襲訓練を経て、自分には何が足りないのかを思い知らされた。その事実から目を逸らすつもりもない。
ワルは静かに拳を握る。
今の自分では届かない。
ならば追い付けばいい。
その頃、訓練場上段では数人の生徒達が試合場を見下ろしていた。
全員がAクラスの徽章を胸に付けている。
そして中央には、つい先日までBクラス首席だったアルベルトの姿があった。
「おい、本当に見えたのか?」
隣の生徒が尋ねる。
「何がだ?」
「最後だよ」
アルベルトはしばらく試合場を眺めた後、小さく首を横へ振った。
「見えなかったね」
その返答に周囲が目を丸くする。
アルベルトは人を見ることに長けていた。
夜間奇襲訓練でもそうだった。戦場全体を見ながら個々の動きを把握する能力に関しては、一年生の中でも群を抜いている。
それでも最後だけは見失った。
砂塵の中で何が起きたのか。
どうやってレインが背後を取ったのか。
そこだけが分からない。
だが、一つだけ確信していることがあった。
「偶然じゃない」
静かな声だった。
しかし周囲は自然と耳を傾ける。
「アイザックは最初から全力だった。あの砂塵も完成度が高い。この場にいる一年生で正面から攻略できる者はほとんどいないだろう」
誰も反論しなかった。
それほどの魔法だった。
だからこそ不可解なのだ。
「じゃあ何で負けたんだ?」
誰かが呟く。
アルベルトは苦笑した。
「それを僕も知りたい」
そして視線をレインへ向ける。
「ただ一つ言えるのは、レイン君は最初から焦っていなかった」
周囲も頷く。
「押されているように見えた。でも防戦一方には見えなかったんだ」
試合中のレインは攻めなかった。
ひたすら守り続けていた。
だが追い詰められている人間の動きではない。
むしろ冷静に盤面を眺めながら、最適な一手を探している人間の動きに近かった。
「最初から勝ち方を探していたように見えたよ」
アルベルトは静かに言った。
周囲の空気が変わる。
彼がここまで高く評価する相手は珍しい。
「そこまでか?」
一人が尋ねる。
アルベルトは迷わず頷いた。
「少なくとも、僕は一年生で彼以上の者を知らない」
その言葉にAクラスの生徒達が息を呑む。
短い付き合いとはいえ、彼らはアルベルトがどれほど優秀かを知っていた。
だからこそ、その評価の重みも理解できる。
「Aクラス上位やSクラスなら話は別かもしれない。でも彼らについては僕も詳しくないからね」
そう言った直後だった。
訓練場の入口がざわつく。
一人の上級生が姿を現した。
腕には生徒会の腕章。
周囲の生徒達が自然と道を開ける。
上級生は真っ直ぐレインの前まで歩み寄った。
「レイン・クロードだな」
突然の呼び掛けにロイが目を丸くする。
レインも僅かに首を傾げた。
「そうですけど」
上級生は感情を交えず告げる。
「生徒会長がお呼びだ」
その瞬間、周囲の空気が変わった。
生徒会長。
その名が持つ重みを、この学校の生徒なら誰もが知っている。
ざわめきが広がる中、レインは小さく眉をひそめた。
――嫌な予感しかしなかった。




